もっと「漫画家と作品の息吹に触れる旅」
『サライ』9月号の大特集は、「日本漫画は大人の教養」。本誌特集では誌面に収まり切らなかったエピソードや情報を紹介する。
取材・文/山内貴範 写真/宮地工
今年は、妖怪漫画の巨匠・水木しげるさん生誕100周年の記念の年である。
水木さんの故郷として知られる鳥取県境港市を訪れた。山陰地方を代表する漁港・境港のシンボルとなっているのが、JR境港駅前から水木しげる記念館まで約800m続く「水木しげるロード」である。
水木しげるロードの整備が町おこしの一環としてはじまったのは、平成5年から。当時はまだ、漫画やアニメを活かした町おこしは珍しかった時代である。ひとりの漫画家にスポットを当てて町並みを整備する事業は画期的だった。
この取り組みは成功を収め、各地の町おこしに大きな影響を与えた。藤子不二雄(A)さんの故郷・富山県氷見市にある「まんがロード」も、境港の成功例に影響を受けた部分もある。
水木しげるロードの見どころのひとつが、境港駅前から水木しげる記念館までの道程の至るところに立つブロンズ像の妖怪である。
大小さまざまなブロンズ像は、現在では177体。水木さんが漫画で描いたキャラクターが忠実かつ愛嬌たっぷりに造形され、それぞれの妖怪の息遣いや動きすら感じさせるほど完成度が高い。
ブロンズ像を製作した職人の意気込みも感じ取ることができ、じっくり観賞しても見飽きることがない。酔っぱらいによって像が盗難に遭ったこともあったが、水木さんは自伝的な漫画の中で「妖怪なんだもの、勝手に動いたんじゃないの」とユーモラスに回答している。
食べ歩きも楽しみながら記念館へ
境港は山陰地方でも有数の漁港である。地の利を活かし、旬の魚を使った鮮度抜群の海鮮丼を堪能できる店がある。「せっかく境港に来たのだから旨い魚を食べたい」という人に紹介したいのが、水木しげるロードの奥まったあたり、「水木しげる記念館」にほど近い『和泉』である。
5種類15切の刺身を使用した海鮮丼は1870円(味噌汁付き)。時期によって魚は変わるが、元漁師である店主の原田和夫さんが、目利きで選んだ旬の魚介を、丼で堪能できる。
さまざまな店舗が趣向を凝らした商品を販売している水木しげるロードでは、立ち寄り処にはことかかない。
江戸時代末期、慶応元年(1865)から境港で酒造りを行なっている千代むすび酒造では、「鬼太郎純吟」を筆頭に、水木キャラクターをあしらった日本酒や焼酎が販売されている。目玉おやじの姿をかたどった陶器製の容器に入った「目玉おやじツボ」が目に止まった。飲み終えた後は置物として飾ることができるので、旅の思い出にぴったりだろう。
水木しげる記念館の横にある妖怪食品研究所は、目玉おやじのリアルすぎる造形にびっくりする「妖菓目玉おやじ」を販売している。ギョッとする見た目に反して本格的な味わいの和菓子であり、そのギャップも魅力のひとつだ。(「目玉おやじツボ」「妖菓目玉おやじ」の写真は本誌を参照されたい)
商店街には、どこか昭和の香りが漂う町並みが残っている。ブロンズ像と記念撮影し、商店に立ち寄りながら水木しげるロードをそぞろ歩きをしていると、いつの間にか水木しげる記念館に到着、さらに深く水木作品の世界に浸ることができる。
「妖怪神社」では鳥居に一反もめんをあしらわれ、「河童の泉」は水に棲む妖怪をかたどったブロンズ像や小便小僧になった鬼太郎が愛らしい。水木しげるロードには趣向を凝らした仕掛けが随所にあり、見逃せない。
夜になると、水木しげるロードではブロンズ像のライトアップも行なわれ、幻想的な不思議な空間へと風景が一変する。この夏は境港に滞在して、ゆっくりと町歩きを楽しんでみてはいかがだろうか。