文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1071653)に続いて、バート・バカラック作曲の「ジャズ」スタンダード曲を紹介します。今回紹介するのは「世界は愛を求めてる(原題:What The World Needs Now Is Love)」。作詞はハル・デヴィッドです。この曲のオリジナル・ヴァージョンはジャッキー・デシャノンのシングル盤で、発売は1965年4月。その直後から多くのジャズ演奏が残されています。おもなものを録音年順に列挙します。

1)サラ・ヴォーン(vo)『ポップ・アーティストリー』(マーキュリー/1965年)
2)バド・シャンク(as)『カリフォルニア・ドリーミン』(ワールドパシフィック/1966年)
3)ウェス・モンゴメリー(g)『テキーラ』(ヴァーヴ/1966年)
4)シャーリー・スコット(organ)『オン・ア・クリア・デイ』(インパルス/1966年)
5)ヒューストン・パーソン(ts)『アンダーグラウンド・ソウル』(プレスティッジ/1966年)
6)スタンリー・タレンタイン(ts)『イージー・ウォーカー』(ブルーノート/1966年)
7)トゥルーディ・ピッツ(organ, vo)『ジーズ・ブルース・オブ・マイン』(プレスティッジ/1967年)
8)スタン・ゲッツ(ts)『プレイズ・バート・バカラック』(ヴァーヴ/1968年)
9)カル・ジェイダー(vib)『サウンズ・アウト・バカラック』(スカイ/1968年)
10)ジョン・クレマー(ts)『アンド・ウィ・アー・ラヴァーズ』(カデット/1968年)
11)ピート・ジョリー(p)『ギヴ・ア・ドリーム』(A&M/1968年)
12)トニー・ベネット(vo)『アイヴ・ガッタ・ビー・ミー』(コロンビア/1969年)
13)リタ・ライス(vo)『トゥディ』(フィリップス/1969年)


スタンリー・タレンタイン『イージー・ウォーカー』(ブルーノート)
演奏:スタンリー・タレンタイン(テナー・サックス)、マッコイ・タイナー(ピアノ)、ボブ・クランショウ(ベース)、ミッキー・ローカー(ドラムス)
録音:1966年7月8日
タレンタインは、1968年にバカラック楽曲2曲やビートルズ・ナンバーを含むポップス・ヒット曲集『ザ・ルック・オブ・ラヴ』(ブルーノート)も作っていますが、こちらのポップス曲は「世界は……」1曲のみ。さりげなく入っています。

録音年順に挙げていったら60年代でスペースがいっぱいになってしまいました。

この曲は「世界は愛を求めてる」の日本題で知られていますが、原題には「Now」があり、正確には「『今』世界は愛を求めている」となります。じつは、この「今」のあるなしによる印象の違いはかなり大きいのではないでしょうか。歌詞は、今、世界には愛する心が必要だと神に呼びかけるもので、直接的な男女のラヴ・ソングではありません。この曲が完成した1960年代半ばのアメリカは、ベトナム戦争激化による反戦運動や、人種差別撤廃の公民権運動が盛んでした。作詞のハル・デヴィッドはその社会情勢を踏まえて歌詞を書いたと思いますが(デヴィッドは歌詞の1行に悩み、完成までに2年かかったそうです)、バカラックの自伝によれば、バカラックは当時「政治的な心情に折り合いをつけていない」ということもあってか、「この曲は説教くさくないか?」という気持ちだったとあります。しかし、バカラックの気持ちとはうらはらに、ジャッキー・デシャノンの歌は、発売3か月後の7月には『ビルボード』Hot100チャートで7位になる大ヒットを記録しました。

そして、ポップス界はもちろん、ジャズ界でも多くのミュージシャンがこの曲を取り上げて録音・発表しました。それが先のリストですが、60年代後半に集中しています。ジャズ・ミュージシャンにこんなに一斉に取り上げられた曲は少ないのではないでしょうか。ジャッキー・デシャノンのヒットの余韻、またバカラック人気上昇中の動きを受けてということもあるかもしれませんが、そのあとは少なくなるんですね。このほかのジャズ・スタンダード化しているバカラック・ナンバーは時期にかかわらず取り上げられていることをみると、ちょっと特別な気もします。

この曲は、楽曲としてはバカラックがいうように「説教くさい」ともいえる明確なメッセージ・ソングです。インスト・ジャズ・ミュージシャン好みのひねった構成(バカラック・ナンバーがジャズ・ミュージシャンに好まれる理由のひとつはこれ)ではありますが、この曲についていえば、それ以上に、当時はジャズ・ミュージシャンが「メッセージ」として取り上げたのではないでしょうか。社会が激動している「今」こそ愛が必要なんだ、と。「その曲」を演奏することが、ひとつのメッセージになりうるのです。2022年の今、また聴きたい曲ですね。

参考文献:『ザ・ルック・オブ・ラヴ バート・バカラック自伝』バート・バカラック、ロバート・グリーンフィールド著/奥田祐士訳/シンコーミュージック・エンタテイメント刊


『ポップス発祥のジャズ・スタンダード「曲」』の記事リンク集

ビリー・ジョエル「素顔のままで」のジャズ演奏BEST20【ジャズを聴く技術 〜ジャズ「プロ・リスナー」への道150】 https://serai.jp/hobby/1066801

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文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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