文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1067936)、ポップスのミュージシャンとしてスティングを紹介しました。でも、スティングは活動するフィールドはポップスですが、ジャズ・ミュージシャンと紹介すべきかもしれません。スティングは1976年にロック・グループ「ザ・ポリス」を結成し、数年で世界的な大成功を収めます。そして、ポリスの活動が停止した1985年にソロ活動を開始しました。その時そのために組まれた新しいバンドは、全員がジャズ・ミュージシャンでした。

サックスのブランフォード・マルサリスは、当時大きな注目を集めていた弟のウィントン・マルサリスのバンドのメンバーでした。また、ハービー・ハンコックの「VSOP Ⅱ」にも参加するなど大活躍中でしたが、スティングのバンドに参加するためにウィントンのバンドを脱退。同じくバンドにいたケニー・カークランドもスティングのバンドに参加し、ウィントンのバンドは絶好調時だったにもかかわらず再編成を余儀なくされました。ベースのダリル・ジョーンズはマイルス・デイヴィスのバンドで活動中、ドラムスのオマー・ハキムはウェザー・リポートのメンバーでした。なお、ウェザー・リポートはハキムが離れたあと、1986年に解散しています。つまりスティングのバンドは、たんにジャズ・ミュージシャンをフィーチャーしたというものではでなく、当時のジャズのトップ・グループから、主要メンバーをごっそり引き抜いてきた最高のジャズ・バンドだったのです。マイルス・デイヴィスでもこんな「暴挙」はきっと不可能。スティングがジャズとは違うフィールドにいたこと、またポップス界のスーパースターだったからこそできたわけですが、いま振り返れば、これはジャズ・ミュージシャンにはできなかったジャズの改革でもありました。


スティング『ブリング・オン・ザ・ナイト』(CD/A&M)
演奏:スティング(ヴォーカル、ギター、ベース)、ブランフォード・マルサリス(ソプラノ&テナー・サックス、ラップ)、ケニー・カークランド(キーボード)、ダリル・ジョーンズ(ベース)、オマー・ハキム(ドラムス)、ドレット・マクドナルド、ジャニス・ペンダーヴィス(コーラス)
録音:1985年
これは、映画『ブリング・オン・ザ・ナイト』制作と同時期に収録されたライヴ・アルバム。聴きどころはアルバム冒頭の「ブリング・オン・ザ・ナイト〜ホエン・ザ・ワールド・イズ・ラニング・ダウン」のメドレー。いずれもザ・ポリス時代の楽曲ですが、このメンバーを意識したジャズ・ファンク・テイストにリアレンジ。ここでのケニー・カークランドの爆発的なロング・ソロは、ジャズとしても「歴史的名演」といえるほどの素晴らしさ。スティングの高らかな「ジャズ宣言」といえる演奏です。

スティングは、このバンド誕生の経緯をドキュメンタリー映画に記録しました。初公開時は『ブルー・タートルの夢』、現在は『ブリング・オン・ザ・ナイト』というタイトルです(マイケル・アプテッド監督/1985年公開)。原題のサブタイトルが『A Band Is Born』となっているように、バンド結成に際しての記者会見で始まるこの映画には、演奏シーンはもちろんですが(前半はリハーサル、後半はステージ)、スティングとメンバーのインタヴューがふんだんに収録されています。また、その少しあとにブランフォード・マルサリスが発表した映像作品『Steep』(1987年収録/おそらく未DVD化)にはスティングがインタヴューで出演しています。

当時は、現在のようにミュージシャン自身が発言を直接表明する機会は多くありませんでした。また作品中に残されるものなので、インタヴューの内容は充分に練られたものであると想像できますが、いずれも「スティングの考えるジャズ」をテーマにしたかのような、ジャズ・ファンにとってじつに興味深い内容になっています。その2本の作品から、スティングとバンド・メンバーたちの「ジャズ語録」を紹介します。

まずは、映画『ブリング・オン・ザ・ナイト』登場人物の発言から(ほぼ映画の登場順。要旨のみ編集)。

スティング「最初にプレイしたロック・バンドはポリスだ。その前はジャズをやっていた。最初はディキシーランド・ジャズだ」「(映画を作る理由は?)異なるジャンルの音楽がひとつになる、新しいバンドの誕生の瞬間を記録したかった」「ポピュラー音楽界は悲しむべき状況にある。反動的で人種差別的な世界だ。ブラック・ミュージシャンの音楽は宣伝の機会さえ奪われている。僕のバンドは人種混合バンドだ。業界のシステムに対する挑戦さ」(注:バンドは全員ブラック・ミュージシャン)

ケニー・カークランド「僕らの考え方(注:ポップスを演奏すること)を否定するピュアなジャズ・ファンもいる。でも音楽家ならどんな音楽にも挑戦すべきだ」
オマー・ハキム「彼らはメンバーを誰にするか議論していた。そこで俺は〈諸君、ドラムは決定済みだろ? この俺に〉と言ったんだ。スティングは食事中のナイフで俺を指して言った。〈では何かやってみろ〉と」
ダリル・ジョーンズ「このバンドでは全員が平等だ」
ブランフォード・マルサリス「人種になぜこだわるんだ? スティングに〈あんたの音楽はクソだ〉と最高の褒め言葉のつもりで言ったんだけど、通じなかった。障害はそんな程度だよ」「スティングの音楽は現在最高のものだ。音楽はメッセージだ。ミュージシャンが批評精神を捨てたのが問題なんだ。問題意識のあるミュージシャンはほんの一握りだけ、頭にあるのは金のことばかりさ。スティングは悩んでいる。このバンドを作ったことがその証拠さ」
スティング「ジャズは短いパートであっても、メンバーそれぞれが技を見せ個性的な表現ができる。ロックは最初の一瞬から燃えるべきものだ」

マイルズ・コープランド(マネジャー)「(怒りながら)マネジャーとしては奴ら(バンド・メンバー)の要求はのめない。法外な額だ。スティングのギャラと比べてみろ。冗談だろ? 金がうなっているはずだと?! 全員が出演拒否だって? たしかにチケットはソールドアウトだが、客はスティングを観に来るんだ。奴らが出演を拒否しても払い戻しに来る客はいまい。人間的には最低な連中だよ」

キム・ターナー(マネジャー)「スティングは歴史上もっとも偉大なグループ、ポリスと競っている。これは賭けだ」
スティング「レコード会社は不安がっていた。世間も“ジャズ”に不安を感じただろう。でも僕らの音楽はけっしてジャズじゃない」
マイルズ「音楽にリスクは必要ない。スティングひとりの賭けだ(否定的)」
スティング「観客の期待に応えるため半分はポリスの曲も演奏するが、新しいメンバーで新曲もやる。しかもすごいメンバーでね。これは大きな賭けなんだ」
ブランフォード「俺はジャズ・ミュージシャンだ。攻撃には慣れている。スティングは不安だろうがね。ウケの悪いのも平気さ」「スターになることに興味はない。スターへの努力なんかゴメンだ。社会にも無関心。波長が合わないのさ。俺はあくまでミュージシャンさ。スティングの周りはスター競争に明け暮れている奴ばかりだ。ロクな仕事もできないくせに。そんな生き方はまっぴらだ」
オマー「俺たちのバンドはジャズ、ロックといったジャンルの壁を打ち破る」
ブランフォード「ほかのバンドをヘコますのは最高だ。俺たちの音楽は強烈なインパクトがある。なにせ選り抜きのメンバーが揃っているんだから」

と、映画のなかではとくにブランフォードがたくさんの発言をしています。ブランフォードは大スターでありバンマスであるスティングを「億万長者」とからかったり、音楽業界を辛辣に批判している一方、バンドには音楽家として強い思いを持っていることもわかります。スティングは、ブランフォードのジョークはさらりとかわし、バンド・メンバーとともに飲み食べ歌い、同じワゴンで移動するなど、強い結束と平等を印象づけています。もちろん多くは演出されているものでしょうから、これらはスティングからの直接的なメッセージといえるでしょう。

そのしばらくあとにリリースされた『Steep』では、スティングがブランフォードについてこう語っています。

「僕がサックスを吹けるならこう演奏したいと思うことを、ブランフォードは自然に正確に演奏できるんだ。長く一緒にやれるのも、僕にとっては双生児みたいな人だからさ」
「ブランフォードを初めて観たのは、ニューヨークのセヴンス・アヴェニュー・サウス(ジャズ・クラブ)だった。それまで見たこともないスタイルで魅了されたよ」
「(『ブルー・タートルの夢』のあと、バンドのメンバー・チェンジをしたが、ブランフォードとカークランドが残った理由は?)ほかには考えられなかったよ。忙しすぎるハービー・ハンコックを除いてはね」(この映像作品では、なんとスティングと並んでハンコックもインタヴュー出演しています)
「映画『ブリング・オン・ザ・ナイト』で彼にお株を奪われただって(笑)? それはノーだ。でも彼はとても一生懸命で、彼がいなければ映画はできなかったし、満足してるよ」
と、ベタぼめ。また、映画ではブランフォードにスティングの代弁をさせていたことも思わせます。

音楽ジャンルの壁など、今となっては意識されないことのように思えることもありますが、それはスティングの存在があったから。ジャズを進歩させているのは、ジャズ・ミュージシャンだけではないのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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