文/池上信次
前回(https://serai.jp/hobby/1065906)まで、ポップス発祥のジャズ・スタンダードの「作曲家」としてスティーヴィー・ワンダーを紹介しましたが、ポップス発祥のジャズ・スタンダードはもちろんスティーヴィーの楽曲だけではありません。今回からしばらくは、ポップス発祥のジャズ・スタンダード「曲」を紹介していきます。ポップスの名曲、人気曲であっても、そこには「ジャズとして」演奏する魅力がなければジャズマンは取り上げませんから、ジャズ・スタンダードとなっているポップス曲には、ジャズと通じるサムシングがあるといえます。そういった曲を知ることで、(ジャズしか聴かない人も、ポップスしか聴かない人も)音楽の楽しみが大きく広がることでしょう。
今回紹介するのは、ビリー・ジョエルの「素顔のままで」。作詞・作曲はビリー・ジョエル。原題の「ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー」のほうが通りがいいかもしれませんね。この曲は1977年発表のアルバム『ストレンジャー』(コロンビア)に収録されており、シングルでも大ヒットしました。ざっと調べただけでも、ポップスではこれまでに200を優に超えるカヴァー・ヴァージョンがあるほどのポップス・スタンダードとなっています。
レコードの演奏はビリー・ジョエル本人(ヴォーカル、ピアノ)と彼のバンドが中心ですが、ソロイストとしてアルト・サックスの大ヴェテラン、フィル・ウッズがフィーチャーされています。このウッズによるオブリガート、間奏とアウトロの(ウッズらしいジャズど真ん中のスタイルによる)ソロがじつに素晴らしく印象的なので、ジャズ・ミュージシャンは敬遠するかと思いきやさにあらず。ビリー・ジョエルの発表直後から多くのジャズ・ミュージシャンがこの曲を取り上げています(なお、シングルはアルバムより70秒短いヴァージョンで、アウトロのウッズのソロが短く編集されています)。
ビリー・ジョエルの「素顔のままで」は、アルバム、シングルともに1977年9月リリース。翌1978年にはジャズ・ミュージシャンのアルバムが、いきなりたっぷりとリリースされています(年は発表年)。
1)レス・マッキャン(p, vo)『ザ・マン』(A&M/1978年)
2)ハンク・クロフォード(as)『ケイジャン・サンライズ』(クドゥ/1978年)
3)グラント・グリーン(g)『イージー』(ヴァーサタイル/1978年)
4)グローヴァー・ワシントン・ジュニア(as, bs)『リード・シード』(モータウン/1978年)
5)アーマッド・ジャマル(p)『ワン』(20世紀フォックス/1978年)
という感じですが、ソウル・ジャズ方面ばかりというのが意外ですね。やはりストレートなジャズでやるとなると、ウッズの名演が邪魔をしているのかもしれません。その後も発表年順に見てみましょう。
6)ローリンド・アルメイダ『ニュー・ディレクションズ』(クリスタル・クリアー・レコード/1979年)
7)フランク・シナトラ(vo)『トリロジー』(リプリーズ/1980年)
8)ニールス・ペデルセン(b)&ルネ・グスタフソン(g)『ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー』(ソネット/1981年)
9)ローズマリー・クルーニー(vo)『ウィズ・ラヴ』(コンコード・ジャズ/1981年)
10)ナンシー・ウィルソン(vo)『アイル・ビー・ア・ソング』(インターフェイス/1983年)
11)ジョージ・アダムス(ts)『オールド・フィーリング』(サムシンエルス/1991 年)
12)ジョー・パス(g)『ヴァーチュオーゾ・ライヴ』(パブロ/1992年)
13)アルトゥーロ・サンドヴァル(tp)『アメリカーナ』(N-コーデッド・ミュージック/1999年)
ローリンド・アルメイダのボサ・ノヴァから、なんと、フランク・シナトラまでも。ビリー・ジョエルのヒットからひと呼吸置かれたからかヴォーカル・ヴァージョンも出てきました。アルトゥーロ・サンドヴァルは、オリジナルのフィル・ウッズのソロをホーン・アンサンブルにアレンジしています。「ヒット曲カヴァー」からスタンダード化が進んだように見えます。
14)ダイアナ・クラール(vo)『ライヴ・イン・パリ』(ヴァーヴ/2002年)
15)ティル・ブレナー(tp)『ブルー・アイド・ソウル』(ヴァーヴ/2002年)
16)タック・アンド・パティ『ア・ギフト・オブ・ラヴ』(ポニーキャニオン/2004年)※タック・アンドレスのソロ・ギター
17)ビレリ・ラグレーン・ジプシー・プロジェクト(g)『ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー』(ドレフュス・ジャズ/2007年)
18)ハリー・コニック・ジュニア(vo)『ユア・ソングス』(コロンビア/2009年)
19)ヒューストン・パーソン(ts)『モーメント・トゥ・モーメント』(ハイノート/2010年)
20)ホセ・ジェイムズ(vo, g)『ノー・ビギニング・ノー・エンド2』(レインボー・ブロンド/2020年)
オリジナル発表直後から近年まで、「素顔のままで」のジャズ演奏としてお勧めできる20曲を挙げました。並べてみると、21世紀になってもこの曲の人気は衰えるどころか、ますます高まっているように感じます。発表から45年、ビリー・ジョエルは変わらず健在ですが、この曲はオリジナルのイメージから「独立」したといえるでしょう。オリジナルを知る世代も知らない世代も演奏するようになって、「ヒット曲」は「ジャズ・スタンダード」となるのです。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。