文/池上信次

前回(https://serai.jp/hobby/1053586)は童謡・唱歌のジャズ・アレンジ版を紹介しました。たまたま日本の曲だけになってしまいましたが、もちろんアメリカでも同様な例があります。もっとも知られるのは、エラ・フィッツジェラルドが歌った「ア・ティスケット、ア・タスケット(A-Tisket, A-Tasket)」でしょう。スウィング・ジャズ・スタンダードと思われている方も多いと思いますが、この曲はもともと童謡です。日本ではあまり知られていませんが、この曲は19世紀にアメリカで「ハンカチ落とし」遊びのために作られたといわれています(YouTubeの子供向け番組でたくさん聴けます。気になる方はご確認を)。

1938年、ドラマーのチック・ウェッブ率いるチック・ウェッブ・オーケストラは、ヴォーカリストのエラ・フィッツジェラルドをフィーチャーしてこの曲のレコードを発表しました(当時はSP盤シングル)。作詞と作曲はエラとバンドのアレンジャー、ヴァン・アレキサンダー(当時はアル・フェルドマンを名乗る)。エラらはこの童謡の歌詞を一部変え、2コーラス目にマイナー調メロディを付け加え、スウィンギーなジャズにアレンジしたのでした。そしてレコードはミリオンセラーとなり、エラ、そしてバンドは一躍有名になりました。エラは1942年に映画『凸凹カウボーイの巻』に出演し、この歌を披露しています(映画は第121回(https://serai.jp/hobby/1038076)で紹介しています)。映画はヒットから4年後の制作ですから、この曲はエラの代表曲として認識されていたのでしょう。また、アレキサンダーが2015年に100歳で亡くなったとき、BBCニュース(ウェブ版)の追悼記事では、彼のキャリア紹介の最初がこの曲のエピソードでした。この、童謡のジャズ化という試みは、多くの人の記憶に残る画期的なことだったのですね(ちなみにアレキサンダーは映画・テレビ音楽の作編曲家として大活躍しました)。

どうしてエラらが、この童謡をジャズにしようと考えたのかはわかりません。ヒットの要因としては、優れた歌唱、アレンジ、演奏あってのことは言うまでもありませんが、世代と音楽指向にかかわらず広く知られている曲というのも大きな理由のひとつと思われます。

オムニバス『ウィ・ラヴ・エラ(We All Love Ella: Celebrating First Lady Of Song)』(ヴァーヴ)
エラ・フィッツジェラルドの生誕90周年(2007年)記念トリビュート・アルバム。ダイアナ・クラール、チャカ・カーン、リンダ・ロンシュタット、ダイアン・リーヴスらがエラの代表曲を歌っていますが、その1曲目はナタリー・コールの歌う「ア・ティスケット、ア・タスケット」なのでした。エラの出世曲であり、今でも代表曲の1曲なのです。

「童謡ジャズ」をもう1曲。こちらはもっと知られていると思われます。というのも、演奏しているのがあの有名人ですから。はい、マイルス・デイヴィスです。曲名は「フラン・ダンス(Fran-Dance)」。作曲クレジットはマイルス・デイヴィスとなっていますので、マイルスのオリジナルという認識の方が多いことでしょう。しかし、これは「プット・ユア・リトル・フット・ライト・アウト(Put Your Little Foot Right Out)」という童謡なのです(これまたYouTubeの子供向け番組でたくさん聴けます)。マイルスは何度もこの曲を録音していて、初出時だけは「プット・ユア・リトル・フット〜」のタイトルになっていますが、その後は「フラン・ダンス」に変えられています。

「ア・ティスケット、ア・タスケット」は、エラらがメロディを付け加えたりと、かなりアレンジしていたのですが、マイルスは原曲の3拍子を4拍子にしているものの、けっこうストレートにもとのメロディを演奏しています。原曲を知らなければ気がつきようもないのですが、原曲確認後でも、これは「プット・ユア・リトル・フット〜」ではなく「フラン・ダンス」という別の曲に聴こえてしまいます。マイルスは、どんなメロディでもひと吹きで「マイルスの曲」にしてしまう魔法の力をもっているんですね。タイトル、そして作曲クレジットまで変えてしまったのもその自覚あってのことでしょう(いいのかどうかは別として)。

「フラン・ダンス」初録音は1958年で、アルバム『Jazz Track』(コロンビア)に収録されました。発売順で見ると、その次は1961年のライヴ盤『ブラックホークのマイルス・デイヴィス』で再演され、ここで「フラン・ダンス」に改題されています。なお、フランとはマイルスの妻でダンサーのフランシス・テイラーのこと。初録音時の1958年は、ふたりはまだ恋人で、1959年に結婚しています。そして『ブラックホーク』のジャケットにはフランシスが登場。もしかして、タイトルの変更は結婚記念のためだったりして?

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中。(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

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