文/池上信次
この連載では、ジャズマンが演奏する曲の「元ネタ」をたくさん紹介してきました。それらは、ミュージカル曲や映画音楽が多かったのですが、ジャズマンは「いい曲」であれば何でも「ネタ」にします。今回は意外な出典のジャズ曲を紹介します。
まずは、流行歌でも伝統曲でもない、けれどもよく知られているあの曲(よく知られているとはいっても、日本だけのことですが)。分類では学校唱歌ということになるのかな、みなさんご存じの「荒城の月」(土井晩翠作詞・滝廉太郎作曲。明治34年〔1901年〕作品)。この曲を演奏している有名ジャズマンがいます。その名はセロニアス・モンク。1967年発表のアルバム『ストレート・ノー・チェイサー』収録の「ジャパニーズ・フォーク・ソング」という曲は、じつは「荒城の月」なのです。
どうしてモンクがこの曲を知っているのかというと、来日時、友人であるジャズ写真家の中平穂積氏がお土産にオルゴールを贈り、そこにこの曲が入っていたから。モンクはこのメロディをとても気に入り、帰りの飛行機の中でずっとくり返し聴いていたそうです。このエピソードは、新宿「DUG」のYouTube動画インタヴューで中平氏自身が語っています。また、モンクはこの録音のほか、ライヴでも演奏していた記録があります。とても気に入っていたのです。
セロニアス・モンク『ストレート・ノー・チェイサー』(コロンビア)
演奏:セロニアス・モンク(ピアノ)、チャーリー・ラウズ(テナー・サックス)、ラリー・ゲイルズ(ベース)、ベン・ライリー(ドラムス)
発表:1967年
オリジナルLPのクレジットやライナーには「荒城の月」についての言及はありませんが、現在のアメリカ盤CDでは曲名に「Koji No Tsuki」が並記されています。さすがに日本盤では、最初の発売時から「荒城の月」となっていました。
そして童謡。これまた日本の曲ですが、「月の砂漠(沙漠)」(加藤まさを作詞・佐々木すぐる作曲。大正12年〔1923年〕作品)もみなさんご存じですよね。この曲をリー・モーガンが演奏しています。収録アルバムは『ザ・ランプローラー』で、タイトルは「Desert Moonlight」。「月の砂漠」とわかっているのに、作曲クレジットはリー・モーガンになっています。オリジナルLPのライナーノーツでジャズ評論家のレナード・フェザーは、「映画『アラビアのロレンス』に使われてもいいくらいの名曲(大意)」と評しています。もちろん日本の曲とは知らないでのことですが、正直に言うと私はこの演奏を初めて聴いた時に、「月の砂漠」はもともとアメリカの曲だったんだ、と誤解しました。まあ、そう思わせるほどモーガンの演奏は日本の曲っぽくは聴こえず、まさに「月の砂漠」らしい哀愁のあるじつに素晴らしい演奏なのです。
モーガンは1965年1月に3度目の来日公演を行なっており、この録音はそのすぐあとなので、その来日時にこの曲を知って持ち帰ったのかもしれません。あるいは、モーガンは60年代初頭にはキコ・ヤマモトという日本人(シカゴ在住)と結婚していたので、その影響もあるのかもしれません。ただ、これを「自分の曲」とした気持ちもわかる気がします。ジャズの世界ではモーガンが「発見」し、「ジャズ曲」に仕立てたのですから。
モンクは曲名も歌詞もバックグラウンドも知らずに、メロディを聴いただけで「荒城の月」をレパートリーに加えました。「月の砂漠」は、モーガンはきっと歌詞も知っていたのでしょう、タイトルにぴったりのムードを聴かせる見事なジャズに仕上げました。いずれも演奏者の想像力を刺激する名曲です。いうまでもなく「珍しい日本の曲」ということで取り上げたものではありません。
これらの曲はジャズ・スタンダード化してはいませんが、モンク、モーガンがらみの理由で取り上げられることはときどきあります。これらは彼らの代表的名演という認識なのでしょう。曲を選ぶセンスは、作曲とも並ぶ、優れたジャズマンの要件のひとつといえるものなのです。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。