本格焼酎の大ブームが帰ってきた。香りを引き出す減圧蒸留とうま味をもたらす常圧蒸留を使い分け、新時代の蔵元たちがしのぎを削る現在の焼酎は20年前とは大きく異なる。今、飲むべき焼酎の最前線を追う。
自然栽培の芋で焼酎を造る

「お母さんみたいな芋焼酎ができた、と思ったんです」
宇都地区、混醸(13品種)、33度── 白石酒造の芋焼酎のラベルには、こんな3つの言葉が並んでいた。白いザラ紙に清楚な明朝体、小さな茶色のボトル。まるで昔の薬瓶のような素朴な佇まいを不思議に眺めながら、さらさらと注がれた透明な液体を一口含む。伸びやかに広がる芋の香り、優しく粘膜に滞る果実のような甘みと酸味、そして、それらにくぐもる仄かな陰影のような何か。33度という決して軽くないアルコール度数ながら、それを感じさせない自然な躍動感がある。これまで出会ったことのない感覚だった。

畑ごとの芋の味わいを表現
鹿児島はいちき串木野市。県内でも指折りの焼酎産業の集積地に、白石酒造はある。冒頭の芋焼酎の造り手である、5代目当主・白石貴史(しらいし・たかふみ)さんはよく陽に焼けた顔を綻ばせ、早速、手にしたいくつかの種芋を見せてくれた。「白芋、橙芋、紫芋です。紅芋だけ、今はないんですけど」。白石さんがパキッと先端を手折ると、驚くほど鮮やかな3色の果肉が現れた。
白石酒造では、2020年に原料の芋の自社畑での無農薬・無肥料栽培を100%達成している。




畑は9か所、10町分。栽培する芋は多品種にわたる。冒頭のラベルの「宇都地区」とは畑の名前、「混醸(13品種)」とは13品種の芋を混ぜてもろみを醸したこと。「33度」はアルコール度数だ。
畑ごとの芋の味わいを表現する白石さんの焼酎造りは、大正時代を境に大きく近代化する以前、焼酎の原点への興味から始まる。
冷蔵庫のない時代、腐りやすい芋を使い、貴重な米麹と蔵付き酵母でもろみを沸かし、蒸留する。こうした前近代のレシピは当然ながら不安定要素が多く、白石さんは早々と技術的な壁にぶつかった。でも、作物としての芋がよければいい焼酎ができる。そんな発見があった。芋を自然栽培して、畑ごとの土壌の違いに注目するようになったのはそれからだ。
「慣行栽培で育てた生芋の個性は白か黒かだけど、自分の生芋はグレー。肥料で育てた芋は甘さは出ますが、自然栽培の芋は表情豊かで全然違う。より大きな情報が詰まっています」
白黒ではなく、灰色のグラディエーションの中に美しさを見出していきたい。繰り返し語るこの言葉こそ、白石さんの焼酎造りの根幹となる哲学となった。



野菜由来の軽やかなもろみ
肥料を入れず、農薬も撒かず、雑草もなるべく抜かない、過酷な状況にすることでだんだんと強い芋となる。そうして育てた芋を、本来の野菜らしい軽やかでシンプルなもろみに醸すことを目指す。そのため、蒸し上げた芋が潰れないよう、ポンプを使わずに手作業で甕に運び、発酵をゆっくり進める。櫂入れは最小限、培養酵母は無添加、米の重さが出る米麹の比率は可能な限り下げる。
「酢酸や納豆のような匂いが出たり。レシピは一生決まらないと思います。でも、酢酸も自然な味わいだと思うんです。例えば、2024年の宇都地区の『南果』は、酢酸、乳酸、自然酵母の緊張感のあるバランスが気に入っています」
一般に酒造りにおいてタブーとされる酢酸や納豆という言葉にどきりとするが、常識を突き破ることでしか到達できない地点がある。白石さんにとって、現時点での最高傑作は「お母さんみたいな焼酎ができたと思った」と語る2024年の宇都地区の紅芋混植だ。母なる大地の無垢なエキスを、手付かずのまま芋から取り出したい。それが、白石さんの焼酎なのだ。

1978年生まれ、46歳。東京農業大学醸造科卒、在学中は美術サークルに所属。好きな画家は、フランシス・ベーコンとデ・クーニング。2002年白石酒造入社、ʼ14年代表取締役就任。ʼ07年より地域の耕作放棄地を借り受けて、畑の開墾を徐々に進め、自然栽培による芋づくりを始める。ʼ20年には完全にドメーヌ蔵元に。写真は、数日前に焼き畑を行なったばかりの「佐保井地区」の畑にて。
白石酒造
鹿児島県いちき串木野市湊町1-342
電話:0996・36・2058 H.P.なし
素のままの素材と焼酎のマリアージュを味わう薪火の店へ
どちゃく


鹿児島県いちき串木野市大里7322
電話:090・5994・9098
営業時間:18時一斉スタート
定休日:不定
交通:JR市来駅からタクシーで約6分
※コース1万5000円、焼酎1杯1000円。
取材・文/渡辺菜々緒 撮影/繁延あづさ

