文/池上信次

第20回「編集」に隠された真実~なぜジャズのアルバムには同じ曲が何曲も入っているのか?〜「別テイク」の正しい聴き方(3)

前回に引き続き「別テイク」です。今回は「編集ヴァージョン」について。これは「秘密の別テイク」といえるもので、表立って編集ヴァージョンと記されることはほとんどありません。

これまでこの連載では、ジャズは「生身の音楽」であることが大きな魅力のひとつなので、間違いも含めて演奏行為の記録であることが重要だと紹介してきました。また、ジャズの録音では「バンド・メンバーひとりでも間違えればやり直し」と解説しました。つまり、ジャズは「ありのまま」記録されるべきもので、レコードはありのままの演奏であるということが暗黙の前提条件として認識されてきました。実際ジャズのレコードはそういうものでした。というか、そのようにしか録音できなかったのです。ある革命的な機材の登場までは……。

テープレコーダーの出現によって可能となった「編集」

その機材とは、テープレコーダー。テープレコーダーは1930年代に実用化はされていましたが、音質はイマイチでした。それが第二次世界大戦中にドイツで軍事用途を目的に飛躍的に高性能化され、戦後アメリカで民生用に転用されました。発売は1947年で、ほどなくジャズでもマスター録音メディアとして使われるようになりました(マスターテープ、ですね)。これ以前は、樹脂コーティングされたディスクに針で溝を刻むディスクレコーダーが主流でしたが、テープレコーダーはその欠点をほとんどすべてクリアしてしまったのです。テープレコーダーには高音質、長時間収録、耐久性、取り扱いの簡便さなど多くの特徴がありますが、もっとも大きな違いは「編集」ができること。ここでいう編集とは「切り貼り」のこと。ひとつのテイクから失敗部分をカットしたり、複数のテイクのよい部分を組み合わせて、新たなひとつのテイクを作ることができるようになったのです。これにより録音の効率が上がっただけでなく、ジャズのレコード制作の考え方に大きな変化をもたらしました。それまでレコードは文字通り「記録」でしたが、編集ができることで「作品」になったのです。

もとの音源が明らかでなければ、ほとんどの場合はそれが切り貼りであるかどうかはわかりません。また編集していることを明らかにすることは、「生身の記録」の魅力を期待するリスナーの気持ちを裏切ることにもなりかねません。ですから編集ヴァージョンは最初に書いたように、隠されたもの、隠すべきことだったわけです。しかし長い間に、ジャズでも「編集」は当たり前という認識になってきたからでしょうか、LPからCD化された際のボーナス・トラックなどで種明かし的に「編集ヴァージョン」と記される音源が多数見受けられるようになりました。

具体的に聴いていきましょう。じつは「大名演」とされてきたものでも「編集」は珍しくないのです。

「大名演」も「編集ヴァージョン」だった!

『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー) 演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、クリフォード・ブラウン(トランペット)、ハービー・マン(フルート)、ポール・クイニシェット(テナー・サックス)、ジミー・ジョーンズ(ピアノ)、ジョー・ベンジャミン(ベース)ロイ・ヘインズ(ドラムス)、アーニー・ウィルキンス(指揮) 録音:1954年12月18日

『サラ・ヴォーン・ウィズ・クリフォード・ブラウン』(エマーシー)
演奏:サラ・ヴォーン(ヴォーカル)、クリフォード・ブラウン(トランペット)、ハービー・マン(フルート)、ポール・クイニシェット(テナー・サックス)、ジミー・ジョーンズ(ピアノ)、ジョー・ベンジャミン(ベース)ロイ・ヘインズ(ドラムス)、アーニー・ウィルキンス(指揮)
録音:1954年12月18日

このアルバムの代表曲は「ララバイ・オブ・バードランド」。サラ・ヴォーン個人のみならず、ジャズ・ヴォーカル屈指の名演として知られています。サラのスキャットとクリフォード・ブラウン(トランペット)らの掛け合いが素晴らしいのですが、なんとこれは「編集ヴァージョン」だったのです! これは衝撃的でした。

1983年にサラのコンプリート・ボックス・セットでこの曲の「別テイク」が初めて発表されました。ジャズですから別テイクはあって当たり前なので、とくに驚くことはなかったのですが、うかつでした。その後(たしか)2000年にリリースされた単体CDで、その「別テイク」がボーナス・トラックとして収録(ボックスと同じ音源)されましたが、そこには「partial alternative take」と記されました。一方マスター・テイクのほうには「composite master take」とあるのです。部分的別テイクと合成マスター? よくよく聴いてみると、なんとイントロからスキャットの直前まではマスター・テイクも別テイクも同じなのでした。つまりマスター・テイクはふたつのテイクのいいところを繋ぎ合わせたものだったのです。しかし、この別テイクも素晴らしいスキャットです(展開がまるで違う!)が、それでも「よりよい作品を作る」ということなのですね。これによってサラと共演者全員の実力の高さがあらためて感じられ、この種明かしの意味は充分あるといえるでしょう。消されたままのヴォーカル・パートも興味深いところですね。(テイクの表記はCDによって異なるものもあります。)

『ブラックホークのマイルス・デイヴィス vol.2』(コロンビア)
演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、ハンク・モブレー(テナー・サックス)、ウィントン・ケリー(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、ジミー・コブ(ドラムス)
録音:1961年4月22日

ライヴ盤では、多くのアルバムで編集が施されています。その理由はいうまでもなく収録時間。LPレコードは片面20数分しか収録できませんが、ジャズのライヴ演奏は1曲30分でも珍しくないですから、編集しなければ収録できないのです。でも意外と意識していないのではありませんか? LPの収録時間に合わせた演奏をしている、あるいは時間的に収録可能なヴァージョンを選んでいる、というのは「ジャズはありのまま」の印象からくる思い込みなのです。

さて、私はこのマイルス・デイヴィスのライヴ盤を、長い間LPと最初期のCDで聴いていました。その1曲目「ウェル・ユー・ニードント」ではマイルスとハンク・モブレーが絡んでテーマを吹きますが、ソロはマイルスとウィントン・ケリーでモブレーは無しです。ライヴのオープニングにふさわしい、コンパクトにまとめた4分48秒、という印象でした。がしかし、のちに出た(現在も同じ)CDを聴いて驚きました。モブレーのソロもある8分11秒の演奏になっていたのです。つまりモブレーのソロまるごととケリーのソロの一部をばっさりカットしていたんですね。それが、長時間収録できるCDでは「ありのまま」に復活させた、というわけです。さらにのちに出た『コンプリート・ヴァージョン』では演奏曲順に並べ替えられており、この曲はなんとステージの最後に演奏されていたことも判明しました。曲が終わると切れ目なくクロージング・テーマが演奏されるのですが、LPでは上手く切って拍手をかぶせて編集していたのでした。

リー・モーガン『キャンディ』(ブルーノート) 演奏:リー・モーガン(トランペット)、ソニー・クラーク(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)、アート・テイラー(ドラムス) 録音:1957年11月18日

リー・モーガン『キャンディ』(ブルーノート)
演奏:リー・モーガン(トランペット)、ソニー・クラーク(ピアノ)、ダグ・ワトキンス(ベース)、アート・テイラー(ドラムス)
録音:1957年11月18日

書かれていなくても編集を「発見」してしまうこともあります。この『キャンディ』は1987年に初めてステレオでCD化されましたが(それ以前はLP、CDともにモノラルのみ)、その際、タイトル曲「キャンディ」は「別テイク」に変わっています。しかしそれはどこにも明記されていないのです。

なぜわかったかというと、ステレオ・ヴァージョンは、イントロから以前のモノラル・ヴァージョンと変わらずに進みますが、最後のテーマの後半部分だけが違うのです。モノラルではビシッときまっているのですが、ステレオではちょっとモタっているのですね。最初に気がついたときには驚きました。どうしてここだけ? おそらくモノラル・ヴァージョンでは切り貼り編集がされていたのでしょう。しかし、それはモノラルのテープで行なわれ、ステレオのテープは「未編集」ヴァージョンしか残っておらず、CDではステレオであることを優先するためにやむなく未編集を収録したということだと思われます。現在のCDはこのステレオ・ヴァージョン収録のものだけなので、本来の「マスター・テイク」であるモノラル・ヴァージョンはいまや貴重なものとなっています。

「編集」は演奏の本質には関わりませんが、編集ヴァージョンとノーカット・ヴァージョンでは、「作品」としての印象が大きく異なるものもあるでしょう。そもそも優れた編集ヴァージョンは、編集とはわからせないものですから、今まで「ありのまま」と思っていた音源がじつは切り貼りだらけの編集ヴァージョンだったということもあるかもしれませんね。

テープレコーダーの出現によって可能となった「編集」で、ジャズのアルバムの作り方は大きく変わりました。新しいメディアの登場や録音技術の進歩は、音楽を変えるきっかけにもなるのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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