近年(といってもここ5年くらいですが)、ジャズマンの人生を題材にした映画が多数製作・公開されています。おもなものを上げると……

*『MILES AHEAD/マイルス・デイヴィス 空白の5年間』(2015年製作・2016年日本公開/ドン・チードル監督):マイルス・デイヴィスをモデルにした物語。
*『ブルーに生まれついて』(2015年製作・2016年日本公開/ロバート・バドロー監督):チェット・ベイカーをモデルにした物語。
*『私が殺したリー・モーガン』(2016年製作・2017年日本公開/カスパー・コリン監督):リー・モーガンのドキュメンタリー。(「Netflix」では『私がモーガンと呼んだ男』のタイトル)
*『タイム・リメンバード』(2015年製作・2019年日本公開/ブルース・スピーゲル監督):ビル・エヴァンスのドキュメンタリー。
*『ブルーノート・レコード ジャズを超えて』(2018年製作・2019年日本公開/ソフィー・フーバー監督):ブルーノート・レコードの歴史ドキュメンタリー。
*『マイ・フーリッシュ・ハート』(2018年製作・2019年日本公開/ロルフ・バン・アイク監督):チェット・ベイカーをモデルにした物語。
*『マイルス・デイヴィス クールの誕生』(2019年製作・2020年日本公開/ソフィー・フーバー監督):マイルス・デイヴィスのドキュメンタリー。(「Netflix」では『マイルス・デイビス クールの誕生』のタイトル)
(日本公開順)

ここに上げたのは劇場公開された作品ですが、「Netflix」などの映像ストリーミング・サービスで観られるものも多く、それでお楽しみの方も多いと思います。ミュージシャンを題材にした映画はジャズにかかわらず多数作られており、たとえばクイーンの「伝記的」ストーリー『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年公開)は特大ヒットとなっていますが、(調べたわけではありませんが)割合からしてジャズが多いように見うけられるのは、ジャズマンの逸話は、映画化するのには格好の素材ということなのかもしれません。


ル・エヴァンス『ソングス・オン・タイム・リメンバード』(ユニバーサル)
映画『タイム・リメンバード』に登場するエヴァンスの演奏を集めたサントラ的コンピレーションCD。「タイム・リメンバード」はエヴァンスの代表的オリジナル曲。

《この先、映画のストーリーに触れる部分[ネタバレ]があります。》

もちろんそれら「物語」映画は実在のジャズマンを「モデル」にしたフィクションですが、当然、事実と脚色の違いは明示されません。もともとジャズマンの「伝説」は、文字どおりの伝説(多くは誇張されている)が多いですが、とくにジャズ好きの方はそれらの「ネタ」をよく知るだけに、そのあたりをクールに観る目も必要でしょう(知らない人にとってはすべて「物語」でも、知っている人ほどダマされる?)。

さすがに『〜空白の5年間』の、マイルス・デイヴィスがレコード会社からマスターテープを強奪し、銃を持ってカーチェイスして逃げたのを事実だと思う人はいないでしょうが、『ブルーに生まれついて』で「マイルスがチェット・ベイカーの復活を気にしてジャズ・クラブに観に来る」というシーンは、事実と信じてしまいそうです。マイルスの時代的状況を考えれば、それはまずなさそうですし、ついでにそのクラブの名前も映画での「バードランド」ではなく、実際は「ハーフ・ノート」です。あえて名前を変えているのでしょうが、それも実在したジャズ・クラブだけに、ディテールが細かいほど事実のように感じられます。まあ、そこが映画としての面白さであるわけですが。

一方、同じジャズ映画でも、その逆が売りの「ドキュメンタリー」も多数作られました。先に上げたなかでは、『私が殺したリー・モーガン』『タイム・リメンバード』『ブルーノート・レコード〜』『〜クールの誕生』がそれに当たります。いずれも、ミュージシャンのインタヴュー映像やアーカイヴ映像を使って、さまざまな「事実」が明かされています。実際の証言映像には、その内容を疑う余地はありませんが、ジャズの歴史情報として観るなら注意すべき点もあります。

たとえば『タイム・リメンバード』。ビル・エヴァンスの生涯を伝えるドキュメンタリー映画です。製作期間8年をかけ、30人を超える関係者のインタヴューが収録されています(そのうち10人ほどが公開時には亡くなっており、貴重な記録ともなりました)。そこには共演ミュージシャンはもちろん、プロデューサーや、「ワルツ・フォー・デビイ」の(大人になった)デビイさんまで登場します。しかし大事な人がひとりいないのです。ビル・エヴァンスともっとも長く共演したベーシスト、エディ・ゴメスが登場しないのです。ゴメスは、11年間にわたって(エヴァンス生涯の活動期間の半分以上に当たります)エヴァンス・トリオのレギュラー・メンバーで、デュオでもたくさんの活動をしています。映画製作時はもちろん、現在も活動中。当然撮影オファーはあったのでしょうが、映画には過去の映像が一部登場するだけです。最強の音楽的パートナーの証言がないことは、ファンなら認識しておきたいところです。そこになんの理由があったのか? それこそ気になりますよね。

もうひとつ、『私が殺したリー・モーガン』。これはトランペッター、リー・モーガンの「最期」をインタヴュー映像などで構成したもの。「最期」とは、クラブ出演中に「内縁の妻」によって射殺されたという「ジャズ史上最悪の悲劇」(映画チラシより)のこと。ミュージシャン、関係者らの当日の現場の様子を含む生々しい証言映像が次々に登場しますが、それらの中心にあるのは、なんと銃を撃った本人、ヘレン・モーガンのインタヴュー音声なのです(というか、これがあったから映画が作られたのですね)。


リー・モーガン『サーチ・フォー・ザ・ニュー・ランド』(ブルーノート)
演奏:リー・モーガン(トランペット)、ウェイン・ショーター(テナー・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、グラント・グリーン(ギター)、レジー・ワークマン(ベース)、ビリー・ヒギンズ(ドラムス)
録音:1964年2月15日
『私が殺したリー・モーガン』では、バックにこのアルバムのタイトル曲が頻繁に流れる。切ないメロディが、スター生活の表と裏をさまようモーガンの気持ちを暗示する。

ここで気になったのは、ヘレン・モーガンが、日本の劇場公開版のチラシには「内縁の妻」となっていますが、映画中では「妻」となっていたこと。ヘレン本人がモーガン姓を名乗り、事件当時の新聞記事の引用映像でも「wife」となっていたので、広くそう認識されていたのでしょうが、事実は「妻」ではありません。チラシは、事実を正確に紹介しているのです。実際はヘレンと出会う前にリーは結婚しており、そして離婚はしていないのでした。映画では「リーの女性関係を疑ったヘレンが凶行におよぶ」というストーリーなのですが、「最期」のきっかけが女性関係にあったとすれば、「既婚」にまったく触れていないのはドキュメンタリーとしてはいかがなものか、というのは考えすぎかな。

で、驚いたのは、エンド・クレジットの「エクストラ・スペシャル・サンクス」を見たとき。そこには最初にキコ・モーガン(Kiko Morgan)の名前がありました。キコこそ、モーガンの「妻」なのです。映画製作者はあえてキコの存在を示さなかったということですね(ちなみにこの映画のサンクス・クレジットは3段階あって、エクストラは最上級)。

ドキュメンタリーの素材は事実ですが、ドキュメンタリー映画は報道ではなく、あくまで映画作品であるということなんですね。まあ、これはジャズに限ったことではありませんけど。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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