今回は「大ヒット定説」の見直しです。モダン・ジャズ時代のアルバムで、「大ヒット」と聞いて想像するアルバムは何でしょう。そもそもヒットという言葉に明確な定義はないということもあり、この言葉はけっこう頻繁に使われています。ときには「ジャズとしては異例のヒット」という、売れたのか売れていないのかよくわからない形容もあったりしますが……。たとえばビング・クロスビーのシングル「ホワイト・クリスマス」の5000万枚、マイルス・デイヴィスのアルバム『カインド・オブ・ブルー』の1000万枚のセールスはまぎれもない大ヒットといえるものですが、多くの場合、「ヒット」の意味はトータルのセールス枚数よりも、短期間にいかに世の中を賑わせたかというところにありますから、「ヒット」の指標はその時々の相対的な位置であり、具体的な記録としてはヒット・チャートの順位ということになるでしょう。

というところを踏まえての「大ヒット」ジャズ・アルバムとくれば? そうです、リー・モーガンの『ザ・サイドワインダー』(ブルーノート)ですよね? ジャズのヒット作品はもちろんたくさんありますが、これほどまで「ヒット」とセットで紹介される作品はおそらく他にはないでしょう。「ザ・サイドワインダー」と「ヒット」でGoogle検索してみれば一目瞭然。それらは相互が枕詞のような常套表現になっています。『ザ・サイドワインダー』は、「ビルボード・チャートの上位にランクされた『大ヒット』アルバム」というのが「定説」なのです。でもこれは本当に「大ヒット」だったのか……。


リー・モーガン『ザ・サイドワインダー』(ブルーノート)
演奏:リー・モーガン(tp)、ジョー・ヘンダーソン(ts)、バリー・ハリス(p)、ボブ・クランショウ(b)、ビリー・ヒギンズ(ds)
録音:1963年12月21日


『ザ・サイドワインダー』は1963年12月に録音され、翌64年の7月にリリースされました。そしてタイトル曲は同年秋にシングルカットされています(Part 1と2に分けられAB面分割収録)。『ビルボード』誌のチャートを調べてみました。シングル盤は64年12月19日付で「Hot 100」(総合シングル盤チャート)に93位で初登場し、65年1月2日付の81位をピークに4週間チャート・インしています。ちなみに同チャート1月2日付の1位は、ビートルズ「アイ・フィール・ファイン」、2位はシュープリームス「カム・シー・アバウト・ミー」、3位はボビー・ヴィントン「ミスター・ロンリー」で、ジャズ系では68位にフランク・シナトラがいるだけです。

アルバムはというと、65年1月9日付で「Top LP’s」チャート(アルバム150位までランキング)でピークの25位を獲得。1位はここでもビートルズ(ベスト10に3作イン)、2位はエルヴィス・プレスリーのサントラ、3位がシュープリームスでした。ちなみにこの週の同チャートのジャズ系アルバムは、20位にスタン・ゲッツ『ゲッツ/ジルベルト』(最高2位/チャート・イン32週目)、28位にルイ・アームストロング『ハロー・ドーリー』(最高1位/同35週目)といった具合。

ちなみに、その前年の64年はジャズが「ヒット・チャート」を賑わせた年でした。5月にルイ・アームストロングが、シングル14週連続1位だったビートルズを追い落とし(シングル「ハロー・ドーリー」)、夏にはスタン・ゲッツのボサ・ノヴァが「大ヒット」(シングル「イパネマの娘」は最高5位)したのです。シングルがアルバムのセールスを引っ張る構図ができていたのでしょう、ゲッツとアームストロングのアルバムがチャート・インしているのは、シングル・ヒットの名残りですね。それらの動きを考えると、モーガンはアームストロングやゲッツほどの「ヒット」にはならなかったわけですが、当時マイナー・レーベルのブルーノートにとってはたいへん「異例」の出来事だったに違いありません。そこが「ヒット」をとくに強調することになり、また前提である「当社比」の部分がいつしか薄れて定説となったのでしょう。「ビルボード・チャートの上位にランクされた『大ヒット』アルバム」に間違いはないのですが、時期を考えると、本来はヒット以外のことでこそ語られるべきものではないかと思います。

じつはチャートを調べていて発見がありました。この『ザ・サイドワインダー』は、65年1月30日付「Hot R&B LP’s」チャートで10位になっているのです(ピーク10位)。1位はシュープリームス、ほかにはサム・クック、ライチャス・ブラザーズ、アレサ・フランクリンらが並ぶベスト10の中で唯一のインストです。チャートで評価すべきはむしろこちらの方だったのではないかと思います。なぜなら、『ザ・サイドワインダー』後にモーガンがチャート・インしたのは、この「R&B」チャートだけなのです(66年、16位『サーチ・フォー・ザ・ニュー・ランド』〈ブルーノート〉など)。『ザ・サイドワインダー』は、ジャズマン、モーガンが越境してヒットさせた「R&Bアルバム」でもあるのです。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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