誰も見たことがない本能寺の変が
A:『麒麟がくる』は、終盤にきて絶妙な構成になっていると感じています。多くの人が気になっている本能寺の変の動機については、基本的に時代考証の小和田哲男先生が主張する「信長の非道阻止説」をベースにしている印象です。
I:正親町天皇(演・坂東玉三郎)に譲位を迫ったり、徳川家康(演・風間俊介)に築山殿(演・小野ゆり子)や嫡男信康の殺害を命じたり、本願寺攻めの際には、原田直政家臣の内通を疑って暴力をふるう描写もありました。
A:それに加えて、正親町天皇は光秀に〈信長はどうか。この後、信長が道を間違えぬよう、しかと見届けよ〉と投げかけ、備後鞆の浦にいる将軍義昭(演・滝藤賢一)は、〈そなた一人の京ならば〉と暗に信長殺害を示唆する。さらに徳川家康までもが、光秀に対して信長への不満を吐露するという事態になっています。
I:正義感が強くて、身内の声には流されやすい印象のある光秀ですから、周囲の声に圧されての本能寺ということになるのでしょうか。
A:従来、本能寺の変の動機といえば、怨恨説だったり単独犯説だったりいろいろな説が出されていまだ定説はありません。近年、四国の長宗我部元親に対する織田政権の政策変更にかかわる「四国説」が有力視されていますが、長宗我部元親がキャスティングされていないので、それも今回は採用されていないと思われます。ただ、天下統一を目指す織田信長を討つということをひとつかふたつの要因で決断できるのかと単純に思うのです。
I:さまざまな要因が積み重なって、我慢に我慢を重ねて来たけれども、最後に何か背中を押す要因が飛び出てくるということですかね?
A:制作統括の落合将さんは「あっと驚く結末」と言っているそうです。多くの人が抱いていた信長への不満をくみ上げるということ以外の何かが、ぶち込まれて来るのではないかと睨んでいます。
I:帰蝶さん(演・川口春奈)が絡んでくるということですか?
A:いえ、それはすでに予告編で〈毒を盛る。信長さまに〉という台詞が流れていますからそれもないでしょう。きっと「そうきたか!」という隠し玉があるのではないでしょうか。
I:隠し玉ですか。なんだかわくわくしますね。
熱演をありがとう!の思いを込めて
A:先ほど、オンデマンドで前半を見返したという話をしましたが、前半はロケが多かったなあという印象でした。改めて見ると、コロナの影響で密になる大規模なロケがほとんどできなくなった後半との違いが際立ちましたね。
I:後半の撮影でロケが少なかったのはコロナだけのせいということでもなかったみたいですけど、実際に当初はコロナ禍で2か月以上も撮影ができなくなる事態もありました。制作陣も忸怩たる思いでいたでしょう。合戦シーンなど思うようにできなかったわけですから。そうした事態をカバーしたのが、俳優陣の熱演でした。主演の長谷川さんの熱量は共演者も感嘆するほどだったといいますし、視聴者も画面を通じて感じ取れていたと思います。
A:長谷川さんの熱演に加えて、信長役の染谷将太さん、秀吉役の佐々木蔵之介さんも素晴らしい演技でひきつけてくれました。坂東玉三郎さんの帝、吉田鋼太郎さんの松永久秀、片岡鶴太郎さんの摂津晴門、ユースケ・サンタマリアさんの朝倉義景など、やはり大河は手練れの俳優に限る、という思いを強くしました。
I:忘れてはならないのは、足利義昭役の滝藤賢一さん。覚慶時代の怯えた姿から将軍になって信長に低姿勢だったころ、さらには決裂した後の姿。本当に巧みに演じ分けていました。願わくば、もう少し尺をとってじっくりと心の変遷を描いて欲しかったです。
A:コロナ禍の中で出番の多い長谷川博己さんは、「感染してはいけない」というプレッシャーがあったと思います。そうした中での熱演には感謝の思いしかありません。「長谷川さんありがとう!」と本能寺の変の直前に敢えて声高に叫びたいと思います。
I:残り2話。私はハンカチを握りしめて放送を待ちます。
●ライターI 月刊『サライ』ライター。2020年2月号の明智光秀特集の取材を担当。猫が好き。
●編集者A 月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の「半島をゆく」を担当。初めて通しで視聴した大河ドラマは『草燃える』(79年)。NHKオンデマンドで過去の大河ドラマを夜中に視聴するのが楽しみ。 編集を担当した『明智光秀伝 本能寺の変に至る派閥力学』(藤田達生著)も好評発売中。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり