当欄が早くから後半戦のキーマンとしてあげていたのが近衛前久(演・本郷奏多)と足利義昭(演・滝藤賢一)。今週放送された第35話「義昭、まよいの中で」では、大河史に刻まれる場面が展開された。
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編集者A(以下A):毎週『麒麟がくる』を網羅的に語ってきた当欄ですが、今週は足利義昭一択でお話していきたいと思います。それだけ印象に残る場面が続出しました。
ライターI(以下I):光秀(演・長谷川博己)が、坂本城の築城に着手して、絵図面に〈御天主〉と書かれていたこととか、藤吉郎(演・佐々木蔵之介)と光秀のやり取りとか、三條西実澄(演・石橋蓮司)の登場とか、摂津晴門(演・片岡鶴太郎)失脚の話などはスルーということですか? 藤吉郎の母なか(演・銀粉蝶)も謎の登場の仕方でしたが、それもスルーですか?
A:確かに〈公方様を頭にいただく幕府が諸国の武家を束ねてこそ世が治まる〉と主張する光秀と朝廷を敬う信長との溝は深い感じがしましたが、今週は足利義昭一択で語りたい気分です。それだけ凄い場面続きでした。
I:そうですか。
A:足利義昭といえば、『国盗り物語』(1973年)での伊丹十三さん、『秀吉』(1996年)での玉置浩二さん、『功名が辻』(2006年)での三谷幸喜さんなどが印象に残っています。伊丹さんの義昭と光秀のやり取りは今も強く記憶に残っています。
(ナレーション)足利義昭を第15代将軍に立て上洛を果たした信長に対し、諸国に反信長同盟の網が張り巡らされた。この陰謀の中心人物は将軍義昭その人である。
(義昭)信長は倒れるぞ。わしの合図ひとつで摂津石山の本願寺が立ち上がる。それを中国の毛利が後押しをする。と同時に北方から越前兵が攻め下る。越後の上杉、甲斐の武田も信長を倒すことで意見がひとつになった。近江の叡山もわしに力を貸す。
(光秀)上様、さような火遊びはおやめあそばしませ。
(義昭)ふっふっふっ 火遊びなものか。信長めに征夷大将軍がいかにおそろしいものであるか見せてやる――。
I:〈信長包囲網〉を端的に説明した名台詞ですよね。ただ、他作品の義昭と『麒麟がくる』の義昭の決定的な違いは、『麒麟がくる』では、義昭がまだ僧覚慶時代から描かれていることだと思うのですが。
A:そうなんです。義昭はわずか6歳で興福寺一乗院に入室しています。永禄の変で兄である将軍義輝が殺害されるまでずっと僧侶として過ごしていた。しかも『麒麟がくる』では描かれませんでしたが、このとき実母の慶寿院も殺害されています。
I:ちなみに永禄の変では摂津晴門の嫡男糸千代丸も討ち死にしていますよね。いみじくも藤吉郎が〈幕府は100年以上も内輪もめと戦に明け暮れて来たのです。100年も!〉ということをいっていましたが、まさにその渦中にいたのが足利義昭なんですね。
A:ふつうに考えれば、実母と兄が殺害されたわけですから、相当ショックを受けたはずです。次は自分が殺られると思ったかもしれません。しかし、すぐに細川藤孝(演・眞島秀和)などに擁立されることになります。
I:『麒麟がくる』では、覚慶時代の義昭は何かおどおどした感じでしたし、貧しい人のための施設をつくりたいという夢を語っていました。
A:その頃の義昭の表情と今週の表情が別人のように違っています。それが滝藤賢一さんの演技によって見事に浮き彫りになっていることを強調したいです。人間の弱さ、怒り、焦り、欲望など絶妙に表現されていて、「人間足利義昭」の心の変遷までよくわかるようになっていますね。
I:義昭にとって、駒(演・門脇麦)は貧しい人のための施設建設を実現するための同志的存在で、駒と接するときの義昭は常に温和な表情でした。ところが今週は駒に対して激しくいらだつシーンがありました。思うようにならない現実に相当メンタルがやられているという印象でした。
将軍職として思うようにならない焦りを爆発させる義昭
A:同じく僧籍から将軍になった第6代将軍の足利義教は、強い将軍=本来あるべき将軍の姿を志向していました。義昭も同様の思いを抱いていたかもしれません。そのため、信長との間に確執が生じたのかもしれません。しかも最側近の摂津晴門らは信長を田舎者扱いして排除しようとして、〈信長包囲網〉を築きあげているわけです。
I:二条城造営時などは、無邪気に〈信長どの、信長どの〉とすり寄っていたにもかかわらず、駒に対して〈信長は信用できん〉と断じます。そして摂津は憎くて嫌いでも排除することができないと。登場初期からの義昭の表情の変化を『麒麟がくる』公式ページで展開してほしいくらいです。
A:駒と義昭のやり取りは、名シーンでしたね。〈わしの首を絞めてくれ。いっそ絞め殺してくれ〉と。この時の義昭の表情ときたら、文字通り手に汗握るシーンでした。本放送で見て名場面と感じるということは、数年後にCSやオンデマンドなどで見直した時に、大河史に残る名場面としてじわじわと胸に染み入るシーンになるのではないでしょうか。
I:それに加えて、摂津らの刺客に襲われた光秀が義昭の在所に逃げ込んで来た場面もすごかったですね。光秀、義昭ともに熱量たっぷりの演技で魅せてくれました。〈信長とわしは性に合わぬ〉と言った際の表情がこれまた凄かった。視る人の心情にぐいぐい斬り込んでくる感じでした。
A:〈会うた時からそう思っていた〉とも言っていましたね。では初期の頃の信長にへつらう態度は何だったんだということですが、高貴な人物にありがちな態度も絶妙に表現されていました。
I:次週以降も義昭の動向に注目ですね。
A: 予告編では、武田信玄(演・石橋凌)が出陣するという場面が登場していました。信長を襲った最大の危機がいよいよ描かれます。
I:信玄がああいうことにならなければ信長が敗退していたかもしれなかったわけですよね。
A:もし信長が敗れていたら、『平家物語』で木曽義仲が徹底的に田舎者として扱われているように、信長が戦記物なんかに成り上がりの田舎大名として描かれていたかもしれません。
I:もし、そんなことになっていたら、戦国乱世がさらに長引いて、スペインやポルトガルの植民地になっていたかもしれませんね。
A:その歴史的分水嶺が来週描かれます。信長はどのようにして危機を脱したのか?どんな演出になるのか? 心して待ちたいと思います。
●ライターI 月刊『サライ』ライター。2020年2月号の明智光秀特集の取材を担当。猫が好き。
●編集者A 月刊『サライ』編集者。歴史作家・安部龍太郎氏の「半島をゆく」を担当。初めて通しで視聴した大河ドラマは『草燃える』(79年)。NHKオンデマンドで過去の大河ドラマを夜中に視聴するのが楽しみ。 編集を担当した『明智光秀伝 本能寺の変に至る派閥力学』(藤田達生著)も好評発売中。
構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり