ジャズのアルバムは、その録音時期が鑑賞の重要な評価基準になります(この連載でもアルバム紹介では基本的に録音年月日を掲載しています)。多くのアルバムは録音のすぐ後に発売となりますので、録音時期=発表時期という認識でいいのですが、なかには時期がずれてしまったものや、意図的にずらしたものも少なくありません。たとえばマイルス・デイヴィスの『ディグ』(プレスティッジ)。マイルスの50年代初期のアルバムとして作品時系列上に置かれます。また、LPという長時間フォーマットを生かした最初のアルバムとしても知られます。
しかしこのアルバムの発売日は、というと……録音から4年以上経っている1956年1月なのでした。ただし音源は、10インチLPの『ザ・ニュー・サウンズ』(51年発売)と『ブルー・ピリオド』(53年発売)とシングル盤(54年発売)ですでに発表済みでした。じつはこの『ディグ』は、当初からこの形でアルバムとして発表されたのではなく、それら10インチLPが12インチLPで再リリースされたときの編集盤なのです(この時代的ないきさつは前回を参照してください)。CD化再発時代ふうに言い換えれば、『ザ・ニュー・サウンズ(+3)』というものだったのです(実際にはプラス3マイナス2ですが)。多くの場合、12インチLPでの再発にあたってジャケット、タイトル、収録曲が変わっているのですが、現在ではジャズのアルバムが紹介されるときは、ほとんどが12インチLPが基準になっています。1950年代前半の、本来のオリジナルである10インチLPは、ほとんど「無かったもの」扱いなのですね。ですからこの時期に録音されたアルバムの鑑賞では、発売時期にも注目すると新しい発見があるかもしれません。アルバムは発売時期にも意味があるのです。
この『ディグ』のジャケットには、ソニー・ロリンズの名前があります。しかもリーダー、マイルス・デイヴィスと同等のサイズです。ロリンズはこの時21歳、この年の1月に初めてリーダー・レコーディングをしたばかりの「新人」です。51年にリリースされていたら、すでにキャリアのあるマイルスと同等にジャケットに載るはずがありません。しかし、メキメキと腕を上げたロリンズは人気急上昇中(56年6月には『サキソフォン・コロッサス』を録音)であり、看板のひとつとしてジャケットに記されたということでしょう。つまり、音は51年ですが、ジャケットは「56年のアルバム」なのです。
こちらが2枚ある「オリジナル」アルバムのうちの1枚。もともと編集盤で収録3曲では、このまま12インチ化はあり得ないですが、当時はまだ「アルバム」の意識が希薄だったということが伝わってきます。51年のセッションは、12インチLPというフォーマットを得て初めて『ディグ』という完全版「アルバム」になったというわけです。ジャケットからはロリンズの「出世」も読み取れるのですが、マクリーンの名前がないのは、少々水をあけられてしまった、ということなのでしょうか。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。