決して贅沢ではないが、好きな“おこげ”と“おかず味噌汁”で調えるブランチ。自分流を貫くのが、衰えぬ美声の源だ。

【中西雅世さんの定番・朝めし自慢】

前列左から時計回りに、土鍋ご飯、自家製なめたけ、味噌汁(茅乃舎だし・茄子・南瓜・大根・人参・豆腐・油揚げ・長葱・隠元)。味噌汁の具は日替わり。冷蔵庫に残っている野菜をたっぷり入れる。
朝7時頃に起床。午前中に発声練習と家事を済ませてから、ブランチを摂るのが習慣だ。「献立はとてもシンプルですが、おかず代わりにもなる具だくさんの味噌汁を欠かしません」と、10時過ぎに食卓に着く。
前夜の酒肴が朝食に登場することも。定番酒肴3品。手前左から時計回りに、ほうれん草の胡麻和え、筑前煮 、煎りおから。筑前煮はがめ煮とも呼ばれ、夫君の故郷・北九州の郷土料理だ。

昭和39年の東京オリンピック。その時の聖火台は、埼玉県川口市の鋳物師により製造されたことはあまりにも有名だ。

「戦後から昭和40年代初めまでは、川口市は鋳物の町として隆盛を極め、実家はその川口で、裕福な鋳物師の奥様方をお客様に呉服商を営んでおりました」

昭和31年、その呉服商の“お嬢”として、さいたま市に生まれた。幼少の頃から音楽が好きだった。5歳からピアノを習い、漫画の科白を歌にしたり、童謡に勝手に伴奏をつけたりする少女だった。地元の小・中学校を卒業し、高校は荒川を越えたいと、東京のお茶の水女子大学付属高校に進む。

高校時代にヤマハ・ポピュラーソング・コンテストに出場。ギターを弾きながら、フォークソングを歌った。そのクリアな歌声が評判となり、本格的な音楽活動を始める。その後、ロックに転向し、ベースとヴォーカルを担当。やっとジャズに目覚めたのは、一橋大学に入学して間もなくの頃だ。

ジャズと出会う前は、アマチュアのロックバンドでベースとヴォーカルを担当。一橋大学がある東京・国立には音楽を志す若者が多く、おおいに刺激を受けたという。

「アン・バートンやエラ・フィッツジェラルドを聴いて、“これだ!”と思った。理論・編曲・ジャズピアノを独学で学びました」

一方、コーラスに魅かれてコーラスグループを結成。テレビの歌番組や小泉今日子らのバックコーラスに参加もしたが、今はジャズシンガーとしてライブが中心だ。

大学卒業後、小泉今日子らのツアー・バックコーラスに参加していた頃(左)。ジャズクラブに出演する傍ら、テレビの歌番組のバックコーラスやテレビコマーシャルの仕事もしていた。

具だくさんの“おかず味噌汁”

ジャズシンガーは、食べることも飲むことも大好きだが、

「朝食の習慣はなくて、第1食目は10時頃に摂るブランチですね」

その献立に欠かせないのが、具だくさんの“おかず味噌汁”だ。時には卵を落とすこともある。

ステージがある日は、その前に現場近くの店で軽く麵類などで腹ごしらえ。夕食は外食で、お酒と酒肴程度。炭水化物を摂ることはない。ステージがない日は、酒肴を手作りするのが楽しみだ。

「食いしん坊で飲兵衛だから、外食で美味しいと思ったら即、試してみるのが私の主義。自家製なめたけも、こうして作るようになったんですよ」

シンガーだからといって、特段、喉をいたわるわけでもない。ストレスのない自然体が、艶やかで伸びやかな歌声を生むのであろう。

ここ1年ほど、ご飯は土鍋で炊いている。「土鍋ご飯は“おこげ”が楽しみ。炊きあがって“おこげ”ができていると、朝から得した気分になりますね」と中西さん。
自家製なめたけは5分もあれば作れる。エノキたけを食べよい長さに切り、味醂、酒、醬油で調味して、汁気がなくなったら酢をひと垂らし。酢を加えることで味が引き締まる。

ソロとデュオで活動。歌うことが、生きるということ

プロになって44年。今も毎朝、ブランチの前にピアノを弾きながら発声練習をするのが日課だ。何時間と課しているわけではないが、一日でも怠けると声が出なくなるという。

ソロ活動と並行して、平成17年には西高志さんとデュオ・ヴォーカル・ユニット「AIR(エアー)」を結成した。日本の「ジャッキー・アンド・ロイ」と称され、すでに4枚のアルバムを発表。同25年、ジャズサイトの草分け『Jazz Page』の人気投票で、ヴォーカル部門第2位を受賞してもいる。

「AIRのレパートリーは、スタンダード・ナンバーを中心に200曲余り。ライブ前のふたりでの練習は1日数時間にも及びます」

ソロ・アルバム『Too Shy To Say』(右)は、大切に歌ってきたスタンダードナンバーを中心に、ロック風の曲やポップスなども収録。ヴォーカル・デュオ『How AboutYou』は、西高志さんとの「AIR」第2弾。「いとしのエリー」や「ブルー・ムーン」など、バラエティに富んだ編曲も魅力だ(問い合わせ:mn-voice@jmail.plala.or.jp)。

それだけではない。バックバンドでピアノを弾くこともあれば、個人指導の生徒が10人余りいる。

「40代~70代の男性が中心ですが、ジャズを聴くのが好きな人や、若い時に歌っていた人もいる。歌うことにより姿勢がよくなり、代謝もよくなって、元気になる人が多い。私の指導の第一は、笑いながら歌うこと。笑うことにより口角が上がり、頭蓋骨が上がって音を響かせることができるのです」

楽しい時はもちろん、哀しい時も落ち込んだ時も、歌うことは止めなかった。60代半ばになった今、歌うことが、自分の“生き方”そのものだという。

今も月15回ほどジャズライブの舞台に立つ。東京・大泉学園『Ami’s Bar』でのソロライブ、「中西雅世のピアノ弾き語り」にはヴィブラフォン奏者の阿見紀代子さんが飛び入りで参加。予期せぬ ジャムセッションを楽しんだ。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆

※この記事は『サライ』本誌2020年11月号より転載しました。

 

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