文/藤原邦康
年末年始はお餅が美味しい季節ですが、昔から餅を喉に詰まらせる事故は後を絶ちません。
東京消防庁管内では平成 24 年から平成 28 年までの5年間に542人が「餅で喉を詰まらせた」ことにより救急搬送されました。搬送された方の約9割が 65 歳以上の高齢者。35 名が残念ながら初診時に命を落としています。
消費者庁も「高齢者はそしゃく力や飲み込む力が低下し、食べた物をしっかりかんでスムーズに飲み込むことが難しくなっているため窒息事故が起こりやすく注意が必要」と、餅による窒息について勧告しています。
昨今、シニア世代の「飲み込む力」が衰えて誤嚥や誤嚥性肺炎を起こしやすくなることは周知されてきました。一方「噛む力」の衰えは意外と見落とされがちですが、アゴの運動能力が誤嚥防止にとっての重要な鍵です。口を十分に動かして食べ物を細かく噛み砕きすり潰すことができなければ、嚥下時にかかる負担が大きくなるからです。本来、嚥下障害は咀嚼力低下とセットで考えるべきでしょう。
今回は「いかに食事を楽しむか」という観点から顎関節の機能を解説します。
まず、何気ない「食べる」という行為について。食事には、手や唇、舌やアゴなどの動作の協調運動が必要不可欠です。「協調」とは体の各部位の別々の動作を連動させること。食事における協調運動は以下のように分解できます。
1.(目視しなくても)狙いをはずさずに食べ物を箸などで口元に運ぶ。
2.食べ物が口元に来たら自然に口を開く。
3.口に含んだら、こぼれないように唇を閉じてキープする。
4.アゴや舌を動かして咀嚼。
5.十分に噛んで味わったら、喉の力で飲み込む。
当たり前のようですが、正しく食べることは複雑であることが分かります。これらの協調運動を普段は無意識にできていますが、脳機能が低下するとタイミングが合わなくなったり別々の動きを統一できなくなったりします。協調の歯車が狂い誤嚥につながる恐れがあります。
「食卓の食べこぼしが増えた」「お茶や味噌汁をひっくり返す」「クチャクチャと音を立てて食べるようになった」など、家族から指摘されたら協調困難による誤嚥リスクが高まってきたサインです。
次に、咀嚼から嚥下までの機能を分解してみましょう。
1.口に運んだ食べ物を前歯の切歯や犬歯で小さく裁断する。
2.臼歯で粉砕され、すり潰されながら唾液と混ぜ合わせられる。(かく拌によって唾液に含まれるアミラーゼがデンプンの消化を助ける。)
3.すり潰された食べ物が再び舌の上に戻される。
4.舌の力で一まとまりにされて口の奥に運ばれると、嚥下の準備が完了。
5.嚥下。食べ物が食道へと飲み込まれる。
咀嚼の間は鼻呼吸ができなければなりません。一方、飲み込む瞬間は呼吸を止めることができなければ、むせたり誤嚥を起こしたりしてしまいます。(ちなみに、ヒト以外の動物は呼吸しながら嚥下もできる咽頭の構造をしています。)
飲み込む際には喉や舌の力も使います。口臭が強い方は舌を十分に動かしていない可能性があります。普段から口が開いて舌がダラリと垂れている方は要注意。口輪筋や頰筋を働かせて唇をしっかりと閉じる機能も低下しています。一人暮らしで会話の機会が少なくなってきた方は、あっかんべーや舌回し体操をして舌をよく動かしましょう。
余談ですが、最近は口が半開きで舌が下がっている児童も増えています。口呼吸だと風邪などに感染しやすくなりますし姿勢も崩れます。唇は閉じ、舌は伸ばして上アゴに付け、鼻呼吸を心がけましょう。ただし唇は閉じても、上下の歯は離れていることが大切。歯が接して良いのは会話や食事どきだけです。
正しく噛むには歯の健康ももちろん重要です。歯の数が少ない方や合わない入れ歯を使っている方は咀嚼による消化機能が低下するため、胃腸にも負担がかかりやすくなります。食事を楽しむために歯のケアや治療も見直してください。
咀嚼には当然アゴの機能も関わります。上アゴと下アゴを動かしてしっかり噛むことができているか確認しましょう。口を閉じる閉口筋は、内側翼突筋(ないそくよくとつきん)、咬筋(こうきん)、側頭筋(そくとうきん)の3種類。これらをフルに活動させましょう。特に後者の2種類は手で触れて確認することができます。以下の要領で食事の際に意識して動かしてみましょう。
1. 食べ物を口に含んだら一旦箸を置きましょう。
2.両手をこめかみに当て一口ごとに側頭筋がしっかり収縮していることを確認してみましょう。
3.同様に頬に手を当てると咬筋がグッと盛り上がることが分かります。
ゆっくり丁寧に噛めば誤嚥防止につながりますし、味わって食べることができダイエット効果も期待できます。
また、咀嚼は脳の血流を増やし海馬や前頭野、小脳などを活性化するため、記憶力や情動、運動感覚の維持にも有効です。舌や口への刺激も脳の広い範囲を賦活(ふかつ)させる効果もあります。
口を閉じてしっかり噛むことができれば問題ナシというわけではありません。逆に、口を十分に開くことができず食べることに苦労する方も増えています。通常、上下の歯が十分に接すると、歯根膜(しこんまく)にかかる刺激によって開口反射が起こり自然に口が開きます。ところが、食いしばり癖がある方や総入れ歯の方はこの歯根膜反射が起こりにくくなるのです。
早食いの方も要注意。ガツガツ食べる「犬食い」は交感神経優位になります。これば、飢餓時の動物の闘争本能によるもの。外敵に邪魔されないように食べることは「闘う」ことでもあります。(ちなみに、食後は副交感神経が働き消化吸収が促進されて休息モードになります。)食べるのが早い方は、「噛む」ことよりもアゴを「開く」動作に意識して丁寧に食べることを心がけましょう。
最後になりましたが、喉に詰まらせやすい餅やパンなどは細かくちぎって食べることです。小さい一口ごとに味わって食べることでドライマウスや味覚障害の防止にもつながります。
文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。