文/藤原邦康
前回の記事では、顎関節症をいかに早期発見したら良いかを解説しました。今回から顎関節症の原因と対策ついて、さらに詳しくお話ししていきましょう。
■TCH(歯列接触癖)
1日24時間のうち上下の歯が接している時間は、しゃべったり食べたりする瞬間を合わせても20分未満が理想的だといわれています。ところが、スマホ操作などで猫背になると上下の歯が常に接触させる傾向が高くなります。TCH(歯列接触癖)と呼ばれるこの悪癖も顎関節症の要因となります。
ストレスにさらされている方も無意識に歯を食いしばる傾向が高いです。これは、食いしばりによってβエンドルフィンという快楽物質が脳内に分泌されて一時的に心が楽になるからです。つまり、心身の防御反応です。
寝ている間に歯ぎしりをしてしまっている方もいますが、顎関節に大きな負担がかかります。覚醒時にはいくら強く噛んでもその力は本人の体重ほど、せいぜい50~60kg程度です。一方、睡眠時には意識下の制御リミッターがはずれ、体重の5~6倍もの圧力を奥歯にかけてしまうそうです。ひどい場合には「歯根破折(しこんはせつ)」といって奥歯にヒビが入ってしまうこともあります。
朝起きるとぐったりと疲れている方や歯が痛くなったりする方は、夜間の歯ぎしりや食いしばり癖を疑ってみてください。家族やパートナーに確認するのも早期発見の鍵ですね。対策としては、歯科でマウスピースを処方してもらうことです。ただし、これはあくまでも対症療法。根本的には、ストレスを上手にコントロールすることが重要です。
■利きアゴと偏咀嚼
顎関節症になりやすい方は左右どちらか噛みやすい方ばかりで咀嚼している傾向があります。これを偏咀嚼(へんそしゃく)といいます。利き手や利き足と同様に、実は「利きアゴ」というものが存在するのです。利きアゴの見つけ方は簡単。ガムやピーナッツなどを前歯にはさみ、「用意、スタート!」で一口目を噛み始めた側が利きアゴである可能性が高いです。(自分で試すときはなるべく意識せず、何回か実験してみると良いでしょう。)偏咀嚼の原因は、利きアゴ以外にも、虫歯などを避けて反対側で噛むパターンが習慣化されるケースもあります。偏咀嚼は顎関節症を誘発させますので、片側ばかりで噛まないように意識して気をつけましょう。虫歯に関しては早く歯科治療を受診した方がよいことは言うまでもありません。
■不正咬合
顎関節症は歯並びの問題から引き起こされることもあります。オープンバイト(開咬)や反対咬合、過蓋咬合などの不正咬合によって噛みづらい動きのパターンが生じやすくなります。頬や頭への筋肉に偏った負担がアゴに蓄積されていくと顎関節症になりますから注意が必要です。これら不正咬合の疑いがある方は、一度、歯科検診を受けることをおすすめします。歯医者さんから不正咬合と診断された場合は歯列矯正も検討しましょう。
■姿勢
咀嚼しづらいのは、歯並びだけでなく筋肉や骨格のバランスにも問題があります。アゴは頭部から振り子のようにぶら下がっており、背骨が傾いても骨盤がゆがんでもバランスが崩れる可能性があります。
アゴの開閉やかみ合わせをドアの開け閉めに例えてみましょう。ドアの立て付けが悪く上手に動かなくなってしまった場合、ちょうつがいのネジを締めたりドアを削ったりして不具合を整えますね。この役割を担当しているのが歯医者さんです。歯医者さんはかみ合わせを整える一流の職人仕事ができますから、咬合調整を受けることで不具合が収まることもあります。
でも、いくらドアを削ってもネジを締めても何度も同じような不具合が生じる場合、もしかしたら、建物の構造や大黒柱が傾いているのかも知れません。人体で言えば、骨盤や背骨のゆがみや傾きからかみ合わせの狂いが生じる可能性があるということです。
アゴは頭からぶら下がり咀嚼筋などの張力で支えられている状態ですから、首が傾けばぶら下がっている振り子構造の下顎骨もバランスが崩れます。また、アゴから伸びる筋肉は舌骨(ぜっこつ)、肩甲骨などともつながっているため、肩のゆがみにも悪影響を受けます。
これら、筋骨格系の問題については鍼灸師やカイロプラクターなどに相談してみるのも手です。筋骨格系の知識が豊富な歯医者さんでも歯科業務内で対応することは難しいからです。
次回は、最近増加中の顎関節症が引き起こす意外なお悩みとその対策についてお話ししましょう。
文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。