文/藤原邦康

アゴと背骨は連動している|歯を食いしばると猫背に、ラックスしてアゴの力が抜けるとリラックスする頭の骨は23枚の頭蓋骨で構成されている

頭の骨は一つの塊のように見えて、実は頭蓋骨(とうがいこつ)という23枚のピースでパズルのように組み合わさって構成されています。これら頭蓋骨の中心に位置し、他のピース12枚と隣接しているのが蝶形骨(ちょうけいこつ)という骨で、文字通り蝶々が羽を広げた形をしています。蝶形骨は口を開閉させる重要な筋肉である翼突筋(よくとうつきん)の起点です。蝶形骨から左右の翼突筋が口の中を「ハ」の字に通り、いわゆるエラのあたりに内側からつながって下顎骨を左右均等に吊り下げています。ところが、片噛みなど偏った口の動かし方によって「ハ」の字の張力の左右バランスが崩れると、吊り下げられている下顎骨がズレるだけでなく徐々に蝶形骨にもゆがみや傾きが生じてきます。

固いイメージのある頭蓋骨の一部である蝶形骨が「ゆがむ」「傾く」というとピンと来ないと思いますが、(解剖検体でない)生体の頭蓋骨には柔軟性があります。例えば、鼻の奥の仕切りがゆがむ鼻中隔(びちゅうかく)湾曲症は耳鼻科や口腔外科ではごく一般的な症状です。また、脳スキャンなどで自分の頭蓋骨のいびつな形をしているのを目にして面食らった経験がお有りの読者も多いでしょう。これらと同様に、蝶形骨のゆがみも副鼻腔炎の画像検査などで所見されることがあります。(もっとも、お医者さんが確認しているのは蓄膿の有無などで蝶形骨のゆがみは目に入っていませんから、ほとんど話題に昇ることがありません。)

蝶形骨の傾きが、目の違和感やホルモン・バランスの不調を引き起こす

蝶形骨に傾きが生じると、目の違和感を生じたりホルモン・バランスの不調を引き起こしたりしやすくなると言われています。これは蝶形骨の上には視神経やホルモン分泌の役割を持つ脳下垂体が収まっているからです。当院でも顎関節の緊張を緩めて差し上げると「目の奥に違和感や痛みが治まった」「ホルモン・バランスが落ち着いてきたようだ」などという嬉しい報告を受けることが時々あります。顎関節とホルモンの関係性など荒唐無稽に思えるでしょうし私自身も当初は半信半疑でしたが、どうやら蝶形骨への刺激が影響していると推測されます。

さて、蝶形骨がつながっているのは咀嚼筋や下顎骨だけではありません。アゴよりさらに下の首や喉元にも筋膜前回の記事参照)が伸びて背骨や脚と連結しているということが「アナトミートレイン」という書籍で解剖学的に解説されています。

同書によると、蝶形骨から始まる筋膜は下顎のあたりで前・中・後に三分岐します。三つのうち前面の筋膜は喉元を通り、嚥下に関わる舌骨上下筋群につながります。この理由から、蝶形骨バランスの悪化は舌骨の上下動をしにくくし誤嚥の原因となる可能性があると考えられます。

後面の筋膜は体の奥深くを通り、背骨の前面をベルトのように縦につなぐ前縦靭帯(ぜんじゅうじんたい)につながっています。この事実から、アゴと背骨の連動性を説明してみましょう。咀嚼筋に力がかかり食いしばると、背骨は丸まり猫背になりやすくなります。これは、先述した翼突筋の作用によって蝶形骨にロックがかかり、そのテンションが筋膜を通して前縦靭帯に伝わるためです。一方、口がリラックスしてアゴの力が抜けると前縦靭帯や背骨の緊張が解けて背すじが伸びます。

ポカン口にした状態の方が身長は数ミリ高くなる

「そんな馬鹿な…」とお思いでしたら、食いしばった状態とポカン口にした状態とで身長を測って比べてみてください。後者の方が数ミリ高くなるはずです。そもそも(小柄だと思われたい人を除けば)身長測定の際には意識しなくても自然に口元が緩み上下の歯が離れます。また、あくびをしたり笑ったりするときには閉口筋がリラックスして口が開くのと同時に、首が伸展し背骨も後ろに反って胸やお腹が広がって腹式呼吸になります。逆に、あくびや笑いを嚙み殺そうとすれば背中は丸まります。動物の場合でも、あくびをすると頭が後ろに倒れて喉が開く様子をイメージできますね。アゴと背骨が連動していることはごく当たり前の事実だと言えます。

蝶形骨から前縦靭帯を通る筋膜は頸椎を下降すると、背中と腰の背骨のS字カーブが変わる境目(胸腰移行部)から更に前・後に枝分かれします。このうち後面の筋膜はそのまま背骨に沿って仙骨につながり骨盤を安定させる役割をします。前面の筋膜ラインは大腰筋(だいようきん)、小腰筋(しょうようきん)という歩行に関わる腰筋群につながります。この前後構造によって、二足歩行の際、体幹および骨盤は安定したまま、腰筋によって脚を振り出すことができるのです。

歩行のバイオメカニクス(生体力学)について筋膜コネクションの観点からもう少し解説しましょう。腰筋は左右ペアで大腿骨の内側にある小転子(しょうてんし)という突起に付着しており、大腿骨を前に引っ張る屈曲運動および外に開く外旋運動ができます。歩くときに、脚を前に運ぶとつま先が外に向き、サッカーのサイドキックのような動きになるのが自然です。これぞ腰筋の作用ですが、左右どちらかの大腰筋が過緊張を起こすとつま先の角度には左右差が生まれます。

アゴに余計な力が入ると過緊張を起こした腰筋は更に縮こまり、つま先の左右差は大きくなります。これも蝶形骨から大腰筋の筋膜コネクションによるものです。アゴと足の向きなど全く無関係のように思えますが実はつながっています。試しに、脚を伸ばした長座の姿勢になり、つま先を左右交互に倒してみてください。おそらくどちらか一方に倒しにくく足の向きに左右差があるはずです。次に歯を軽く食いしばると左右差は強調されることがお分りだと思います。つま先が外に向きやすい方が腰筋が過緊張を起こしている側です。一方、アゴを脱力してポカン口にすると腰筋もリラックスしつま先の角度の差は少なくなりますね。以下のようにペアになって(他動で)確認すると、より分かりやすいと思います。

右足が外旋しやすく

右足が外旋しやすく

内旋しにくくなっている

内旋しにくくなっている

右の大腰筋が過緊張を起こしていることを示している

右の大腰筋が過緊張を起こしていることを示している

これら、アゴ~背骨~脚の連動性は「かがむ/伸びる」「歩く/走る」などの基本動作を繰り返すプロアスリートにとっては特に重要です。元来、彼らは頭や体幹のバランスを保ち手足を連動させることのできるエキスパートです。ところが、アスリートにありがちな食いしばり癖が起きると体幹と脚を連動させることができなくなり全身の動きがちぐはぐになってしまいます。

文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。

 

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