文/藤原邦康
顎関節症の人に話を聞くと「突然アゴが痛み出した」「ある朝から口が開かなくなった」など、急に発症するケースが多いです。「梅干しをかじって」とか「モツ焼きを食べていたら急に」など、様々な食のエピソードを話す方も多いのですが、必ずしも歯ごたえの強い食べ物が原因というわけではありません。
突発的に起こる印象が強い顎関節症ですが、大抵の場合に前触れがあります。よく思い起こすと「前からアゴがカクカク鳴っていた」「滑舌が悪くなっていた」などというケースがほとんどです。顎関節症は潜行性といって、まるで潜水艦のように水面下で潜って進んでいきます。長期に渡って悪化していくのですが進行していることにはなかなか気づかず、水上に顏をのぞかせた時点で「急に始まった」ように感じる性質があるのです。
もともと、アゴは体中で最も反復運動が多い関節のひとつ。食べたりしゃべったり…、一説によると1日約2,000回以上も動かすと言われています。また先述のとおり、下アゴはぶら下がっていて悪姿勢の影響を受けて傾くため、左右に偏った負担が日々蓄積されていきます。
単純計算で月に6万回、年間にすると70万回以上も偏咀嚼(へんそしゃく)を続ければいつか限界を迎え、痛みや不具合が生じてもおかしくありません。コップの水がポタポタ溜っていきキャパシティを超えると、ドッとあふれ出るように発症するのですが、この時点になるとなかなか自然治癒は望めなくなります。
■顎関節症はなぜ放置される?
顎関節症は「どこに相談に行っていいか良く分からない」「マウスピース治療を受けたけどなかなか効果を実感できない」などの理由で放置されてしまいがちです。また、初期段階では生活に支障をきたすほどの痛みや不具合がないため、だましだまし先延ばしにしてしまう方が多いのです。
歯科と筋骨格系アプローチ「整顎」
■顎関節症は放置してもいいの?
顎関節症を発症したのに放置しておくと、一体どうなってしまうのでしょうか?
顎関節症にかかりはじめは耳の周囲に違和感があるくらいの程度なので、つい軽く考えてしまいがちです。ところが、徐々に口が開けにくくなり、食事や会話など日常生活に支障をきたしてきます。当院のクライアントの中には開口障害のため、キッチンばさみで食べ物を細かく刻んでから口に運ぶ方もいます。約2cmしか口が開かず、この段階にもなると歯科治療すら困難になります。
口元や顔全体にゆがみが生じてくることもよくあります。これもいきなりゆがむわけではなく、まるで大陸移動のように毎日少しずつずれていき、気づいたら顏の左右バランスが非対称になっているというわけです。若い女性など「顏写真を撮られたくない」「外出時にはマスクを着用する」など心を病んでふさぎこんでしまうケースも残念ながらあります。
■顎関節症を放置すると…
顎関節症を放置すると、以下のように様々な症状に発展する能性があります。
●痛み
食事のときなど口を動かすとアゴや歯に痛みを生じます。
●開口障害
口を大きく開けられなくなります。正常な状態では縦に指3本が口に入りますが、困難になります。
●関節の異音
口を動かすと、耳の周辺でカクカク、ジャリジャリなどという音が出ます。これは顎関節に収まっている関節円板の問題を示します。
●かみ合わせの不具合
かみ合わせが悪くなり、うまく噛めなくなります。
●不正咬合
偏咀嚼によって歯列が乱れてくる可能性があります。
●全身の痛み
頭・首・肩・背中・腰などに痛みやこわばりを生じます。
●耳の違和感
顎関節は耳の近くにあるため、耳鳴り、耳詰まり感、めまいを起こる可能性があります。
●目の違和感
目の奥が締め付けられるように痛んだり違和感を生じたりする可能性があります。これは咀嚼筋がつながる蝶形骨(頭蓋骨の一部)の上を視神経が通っているため。
●口の症状
歯や舌の痛み、味覚異常、ドライマウスを生じることがあります。
●その他
自律神経の乱れ、歯ぎしり・食いしばりから起こる睡眠障害や寝違え、四肢のしびれなど。
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歯磨きやフロッシングなど歯のケアはしても、アゴのケアをする人はほとんどいませんね。そこで拙著では日々アゴの負担を取り除くセルフケアをご案内しています。
次回は早期発見するための顎関節症チェックをお伝えしましょう。
文/藤原邦康
1970年静岡県浜松市生まれ。カリフォルニア州立大学卒業。米国公認ドクター・オブ・カイロプラクティック。一般社団法人日本整顎協会 理事。カイロプラクティック・オフィス オレア成城 院長。顎関節症に苦しむアゴ難民の救済活動に尽力。噛み合わせと瞬発力の観点からJリーガーや五輪選手などプロアスリートのコンディショニングを行なっている。格闘家や芸能人のクライアントも多数。著書に『自分で治す!顎関節症』(洋泉社)がある。