取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

国産の木材を求めて、日本中を東奔西走する林業家。その元気の源は週2〜3回、実家で摂る母手作りの朝食、野菜中心だ。

【柴原薫さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、ご飯、野菜サラダ(レタス・紫玉葱・胡瓜・パプリカ・プチトマト)、自家製漬物(胡瓜の味噌漬け・胡瓜の浅漬け・胡瓜のきゅうちゃん漬け)、ピーマンと桜海老の煮物(乾燥茸きのこ)、山蕗のきゃらぶき、チコリボード(調味味噌・紫玉葱・胡瓜)、乾燥蕨の煮物、ゆで卵、味噌汁(蜆)、中央右から時計回りに、チコリの和え物、胡瓜の粕もみ、梅干し、茄子の丸太煮(豚肉・乾燥茸)、モロッコインゲンの甘味噌かけ。乾燥茸はえのき茸や舞茸、しめじ、椎茸などを保存用に乾燥させたもの。同様に春の恵みである蕨やぜんまいも乾燥保存し、冬に備える。チコリボードの平皿、箸、箸置きは木曽ヒノキ製。

朝は早く、実家で食べる朝食は午前7時頃。「好き嫌いはなく、出されたものは何でも。ただし、クサヤとパクチー(香菜)は苦手だね」と柴原薫さんがいえば、「両方とも食べにくいね」とハナヨさん(82歳)が応じる。

ハナヨさんの元気の源は野菜作り。朝食に登場する胡瓜、プチトマト、ピーマン、茄子、モロッコインゲンなどもハナヨさんの愛情の結晶だ。椎茸も原木栽培しているという。

林業家・柴原薫さんは、長野県南木曽町で材木商と建設業を営む。扱うのは、主に木曽ヒノキである。雨が多く、寒さの厳しい木曽谷の斜面は日当たりが乏しく、朝晩、夏冬の寒暖差が激しい。そのため年輪が極めて細かく、狂いのない丈夫なヒノキとなる。伊勢神宮などの社寺用材として使われてきた歴史が、それを物語っていよう。

「なかでも新月伐採のヒノキが重用されてきました。冬場の、それも新月の頃は木が休眠状態にあるため燃えにくく、割れや狂いが生じにくいからです」

これまで神社仏閣を中心に木材を納めてきた。また、千葉県にある『風の谷保育園』は釘や接着剤を使わず、無垢の国産材のみで建設。今も見学者が後を絶たないという。が、その道のりは決して順風満帆ではなかった。

平成20年、千葉県市川市に完成した『風の谷保育園』の大黒柱は、枝の付いたヒノキ。子供たちがよじ登って遊ぶ、恰好の遊具だ。園舎は柴原さんが納めた国産材、それも新月伐採した天然乾燥の木材で、釘を使わずに、“組み”を多用する工法で建てられた。

昭和35年、長野県南木曽町に生まれた。中央大学卒業後、父が創業した『南木曾木材産業』に入社。平成17年に社長の座を引き継ぐが、当時、日本の林業は輸入材に太刀打ちできず衰退の一途をたどっていた。全国の同業者は次々に倒産。ストレスから十二指腸潰瘍、片頭痛、無呼吸症候群にも陥った。

そんな時、ある人のひと言で覚悟を決める。そのひと言が“ 唾面自乾”である。

「たとえ顔に唾をかけられても拭ったりせず、自然に乾くまで我慢しなさい、という意味。この言葉で目先の利益を求めず、あえて遠回りして歩こうと決めました」

それは木曽の地で深く根を張って、日本の山々を守り育てることに命を懸ける覚悟でもあった。

南木曾木材産業の倉庫には樹齢400年、直径1mという国産ヒノキやケヤキ、トチノキ、イチョウなどが出番を待つ。主に歴史的建造物の修復や復元に使われるが、なかには鮨店のカウンターになる木曽ヒノキもある。

常備菜に肉や卵をプラス

木曽ヒノキの平皿8000円、サクラ材をくり貫いたスプーン大6000円、中4500円、小3000円。

 

樹齢350年の木曽ヒノキを厚さ1mmまで削って作る酒器。右の蒔絵は平成28年、「伊勢志摩サミット」で各国ファーストレディの乾杯用に採用(3万円、品切れ)。中央は漆塗り(2万円)、左は生地(1万5000円)。いずれも塗装が剝げたり欠けた時の修理可。南木曾木材産業 電話:0264・57・4000

今は南木曽の本社と東京事務所を行き来する日々。いずれの地でも朝食の習慣はなかったが、それが数年前から変わったという。

「父が倒れてからその病床を見舞い、母の看病疲れを癒すために、朝、実家に顔を出すようになった。父は昨年亡くなりましたが、今も週に2〜3度は実家を訪ね、母と一緒に朝食を摂るのが習慣です」

母のハナヨさん手作りの朝食は、上の写真の通り。

「保存食として常備しているものが中心。ただ、息子のために豚肉や卵も欠かしません。南木曽の田舎料理ばかりですが、友達との情報交換で新しい料理も取り入れるように心がけています」

とハナヨさん。その新しい料理が、“チコリボード”だという。

国産木材を使い、職人の技を結集した『ひのきの里』

今年、東京・北千束に『ひのきの里』が完成した。日本の木を使った完全木造の賃貸集合住宅である。施主の『幸栄企画』社長、鍵山幸一郎さんが語る。

「日本の素晴らしい資産である国産木材を使う、日本の伝統である職人技を生かす、木の持つ癒しの力を住人が感じる住まいにする。この3つを柱にプロジェクトがスタートしました」

広さは1LDK(70平方メートル)~2LDK(65~70平方メートル)で、2世帯ずつの地上3階建ての全6世帯。施工は『南木曾木材産業』、そう柴原薫さんの会社である。

「“チーム柴原”を組んで大工さん、建具屋さん、左官屋さんら一級の職人さんを全国から集めました。今は2×4(ツーバイフオー)建築の普及により、職人さんが腕を磨き、技を披露する場がない。皆、喜んで参加してくれました。木材はわが社が納品。手塩にかけて育てた木曽ヒノキが中心です」(柴原さん)

『ひのきの里』のリビング&ダイニングルーム。床材はヒノキ、天井はスギ。一枚板のダイニングテーブルを始め、キッチン回り、洗面台、下駄箱など特注家具が付いている。

ユニットバスの普及率は集合住宅で100%という時代に、各室の風呂はあえてヒノキ風呂を採用。浴槽に身を沈めれば、ヒノキの香りに包まれる贅沢。壁は水に強いサワラ材を使用。

内壁は漆喰の手塗り仕上げ。鏝で模様が施され、この世に1枚しかないキャンバスのよう。木も漆喰も呼吸するので、まさに呼吸する住まいだ。

共有階段はクリの木の板を使用。チョウナとノミで削った窪くぼみが滑り止めになり、ここにも職人の技が生きている。

『ひのきの里』をきっかけに、日本の木材消費が伸び、職人の技が後世まで受け継がれることを願ってやまない。

※『ひのきの里』問い合わせ先:幸栄企画 Fax:03・5712・8810 詳細は『朴の森』HP(http://ho-no-mori.jp)をご覧下さい。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2018年11月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

 

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