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【朝めし自慢】石塚昭一郎(裁ち鋏鍛冶・84歳)「卵と明太子、ふりかけや佃煮を欠かしません」

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

“ 羅紗裁ち鋏”ひと筋に70年。今日も、力強い槌音を響かせる鋏鍛冶の元気の源は、卵と常備菜を欠かさない朝食である。

【石塚昭一郎さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、ご飯、梅干し、沢たく庵あん、青菜ちりめん、牛の佃煮、辛子明太子 、茹で卵とサラダ(ブロッコリー・プチトマ ト)、味噌汁(蜆)。ご飯は茶碗に1膳、明太子はひと切れ、沢庵は2~3切れが朝の定番だ。牛の佃煮は濃い味付けなので、ほんのひと箸をご飯に混ぜる。

前列中央から時計回りに、ご飯、梅干し、沢たく庵あん、青菜ちりめん、牛の佃煮、辛子明太子 、茹で卵とサラダ(ブロッコリー・プチトマト)、味噌汁(蜆)。ご飯は茶碗に1膳、明太子はひと切れ、沢庵は2~3切れが朝の定番だ。牛の佃煮は濃い味付けなので、ほんのひと箸をご飯に混ぜる。

常備のふりかけと佃煮。前列右から時計回りに梅ちりめん、京都の山椒ちりめん、アサリの佃煮、鮭ちりめん、福島・母畑温泉の青菜ちりめん、牛の佃煮、中央は小エビの佃煮。

常備のふりかけと佃煮。前列右から時計回りに梅ちりめん、京都の山椒ちりめん、アサリの佃煮、鮭ちりめん、福島・母畑温泉の青菜ちりめん、牛の佃煮、中央は小エビの佃煮。

朝5時半頃に起床して、まず神棚に参り、仏壇前でご先祖さまに挨拶。朝食はその後の午前8時半頃だ。「子供の頃は偏食でしたが、今、好き嫌いはありません」と、朝の食卓に着く石塚昭一郎さん。

朝5時半頃に起床して、まず神棚に参り、仏壇前でご先祖さまに挨拶。朝食はその後の午前8時半頃だ。「子供の頃は偏食でしたが、今、好き嫌いはありません」と、朝の食卓に着く石塚昭一郎さん。

すいすいと鋏が布地を裁っていく。鋏が生き物のように動き、前に出すだけで小気味いい切れ味だ。日本中のテーラーが憧れた羅紗裁ち鋏の最高峰、「長太郎総火造り鋏」である。羅紗とは毛織物のことで、総火造りとは型などを一切使わず、地鉄を金槌で何度も打ち鍛えて仕上げることだ。

明治維新後の洋装の流行とともに、刀鍛冶だった吉田弥十郎(銘・弥吉)が付け鋼という刀の技法を生かして総火造りの鋏を開発したのが、その始まりとされる。明治10年のことだ。この吉田弥吉の直弟子が、初代長太郎。石塚昭一郎さんの祖父である。

昭和9年、東京・南千住に生まれた石塚さんは同25年3月、中学卒業と同時に父(二代目長太郎)の弟子として工場に入った。

「子供の頃から三代目といわれ、家業を継ぐのが当たり前だと思っていた。総火造りの裁ち鋏は工程も多く、技の会得には少なくとも10年はかかる。修業は早いほうがいいから、中学を出ての弟子入りがギリギリセーフです」

父である二代目長太郎作の「総火造り押し手付き鋏」(非売品)。布に切れ目を入れたら、押し手の部分を布に置き、鋏を前に出すだけで、余分な力は入れずに布を裁つことができる。

父である二代目長太郎作の「総火造り押し手付き鋏」(非売品)。布に切れ目を入れたら、押し手の部分を布に置き、鋏を前に出すだけで、余分な力は入れずに布を裁つことができる。

昭和38年、28歳の時に父を亡くし、三代目長太郎を襲名。裁ち鋏の最盛期は、高度経済成長期の昭和40年代半ば。洋裁学校が隆盛を極め、問屋は「長太郎裁ち鋏」を仕入れるのがステイタスだった。

一時は弟子を抱えていたが、鋏の需要が先細りになる現在、総火造りで裁ち鋏を仕上げられるのは、日本で石塚さんただひとりだ。

羅紗裁ち鋏ばさみの最高傑作である「長太郎総火造り鋏 九寸五分(長さ28.5㎝)」(30万円)。三代目長太郎こと石塚昭一郎さんの作で、全て手造りの注文品。これくらいの長さになるとプロ向けだ。

羅紗裁ち鋏ばさみの最高傑作である「長太郎総火造り鋏 九寸五分(長さ28.5㎝)」(30万円)。三代目長太郎こと石塚昭一郎さんの作で、全て手造りの注文品。これくらいの長さになるとプロ向けだ。

石塚さん作の鋏には登録商標である蝶の文様と「長太郎作」の刻印が押されている。

石塚さん作の鋏には登録商標である蝶の文様と「長太郎作」の刻印が押されている。

祖父が明治34年に創業してから、118年。“井の中の蛙大海を知らず、されど天の深さを知る”が、座右の銘である。

卵、豆腐、明太子が三種の神器

病気知らずで80代を迎えたが、2年前に腰部脊柱管狭窄症の手術を受けた。以来、日課だった1万歩の散歩を控えているという。

「今は氏神さまである素盞雄(すさのお)神社の祭りと鋏が生き甲斐です。365日欠かさない晩酌も、楽しみのひとつではありますが……」

町内でも有名な祭り好き。昨年の6月3日、東京南千住・素盞雄神社の天王祭で、常任総代として祭り行列を先導する石塚さん。

町内でも有名な祭り好き。昨年の6月3日、東京南千住・素盞雄神社の天王祭で、常任総代として祭り行列を先導する石塚さん。

食事は規則正しい。卵と豆腐、明太子三種の神器で、朝食には卵と明太子を欠かさない。いずれも子供の頃からの大好物で、昔は明太子ではなく、タラコが一般的だった。卵は茹で卵か卵焼き、または目玉焼きが登場すれば文句はない。加えて、朝食の最強の友は、常備の佃煮やふりかけだ。

大好物の辛子明太子は冷凍保存し、1年365日欠かさない。石塚さんの明太子好きを知っている友人が、福岡の『やまや』や『ふくや』の製品を送ってくれることが多い。

大好物の辛子明太子は冷凍保存し、1年365日欠かさない。石塚さんの明太子好きを知っている友人が、福岡の『やまや』や『ふくや』の製品を送ってくれることが多い。

豆腐は朝の味噌汁の具にもなるが、多くは冷奴や湯豆腐に料して晩酌の肴となることが多いという。

鋏に育ててもらったから、これからも鋏に恩返しをしたい

刃を火床(ほど)で熱して800度くらいに焼き、金槌で何度も打ち出して、鍛えのばしていく。温度は眼で見て判断し、一瞬で金槌をふるう。

刃を火床(ほど)で熱して800度くらいに焼き、金槌で何度も打ち出して、鍛えのばしていく。温度は眼で見て判断し、一瞬で金槌をふるう。

三代目長太郎・石塚昭一郎さんに今、弟子はいない。

「時代の流れで“長太郎”の銘は私の代でお仕舞いになる。しかし、職人の存在意義がなくなったとは思いません。総火造りの鋏なら1丁造るのに1か月余りかかりますが、完成した喜びはそれを使うお客様の喜びにもつながる。ただ、もう数は造れなくなりました」

という石塚さんは、総火造りではなく、握りの部分だけは型に頼る「長太郎裁ち鋏」という標準的な製品も造っている。これなら価格は総火造りの10分の1ほど。にもかかわらず、2枚の刃は総火造りと何ら変わるところはない。

総火造りではなく、握りの部分だけは型で精密鋳造し、刃のみを接合して作る「長太郎裁ち鋏」。上から28cm(4万円)、26cm(3万5000円)、24cm(3万円)。あらゆる裁ち鋏の修理も可。切れ味だけは「長太郎」になる。長太郎製作所 電話:03・3801・5415

総火造りではなく、握りの部分だけは型で精密鋳造し、刃のみを接合して作る「長太郎裁ち鋏」。上から28cm(4万円)、26cm(3万5000円)、24cm(3万円)。あらゆる裁ち鋏の修理も可。切れ味だけは「長太郎」になる。長太郎製作所 電話:03・3801・5415

「一般の人ならこれで充分。先折れしても修理ができるように、長めに造ってあります。使った後はきれいに拭き取り、油を塗って新聞紙に包んで保管してもらえれば一生ものです。私は鋏に育ててもらったから、これからも鋏に恩返しをしたい……」

2本の刃を一点で擦り合わせる微妙な調子は、「長太郎」ならではのもの。百有余年、裁ち鋏界のトップブランドに君臨してきた矜持の証である。

最終工程の擦り合わせ。「最も重要な工程で、弟子に任せないで必ず親方が調整します」と、刃のひねりを確かめる石塚さん。

最終工程の擦り合わせ。「最も重要な工程で、弟子に任せないで必ず親方が調整します」と、刃のひねりを確かめる石塚さん。

擦り合わせが切れ味を決めるため、ため木を使って刃のひねりや咬か み合わせを見る。

擦り合わせが切れ味を決めるため、ため木を使って刃のひねりや咬み合わせを見る。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2019年5月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

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