取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
ワーグナーのオペラ演奏で右に出る者はいないマエストロ。
血糖値を正常に維持する朝食が、世界的に活躍する源泉だ。
飯守泰次郎さんと音楽との出会いは、生まれ育った旧満州・新京(現中国・長春)にあった。
「裁判官だった父の赴任先です。父は仕事の傍らピアノを弾き、洋楽のレコードを聴いていた。僕もベートーヴェンの交響曲7番3楽章などには幼心に胸が躍りました」
5歳で終戦。1年後に帰国するが、父だけは11年間抑留され、届いた葉書には「子供たちは何か楽器をやってほしい」と書いてあった。飯守さんもピアノを習い、やがて桐朋学園ピアノ科に進む。だが、ある人の言葉が指揮者の道へと導いた。その人こそ、音楽教育者の斎藤秀雄さんである。
「“君は絶対音感があって初見が上手い。このふたつができるなら、いっそ指揮者はどうか”と……」
大学は指揮科に学び、卒業後はアメリカに留学。昭和41年、25歳でミトロプーロス国際指揮者コンクールに入賞した時に出会ったのがリヒャルト・ワーグナーの孫、フリーデリント・ワーグナーさんである。彼女に誘われて渡独。以降、30年にも及ぶ欧州武者修行が、ワーグナー指揮の第一人者と称される礎となった。
血糖値対策には食物繊維
多忙な日々を支えるのは、独自の健康法だ。まず、起きてすぐ冷水「空海の泉」を飲む。暑がりで汗かきということもあるが、人間の体の60%は水という理由からだ。大病の経験はなく、体型も若い頃と変わらない。だが、血糖値が高い。
「父も姉も高かったのでおそらく遺伝的なものでしょうが、薬よりもできれば食事で改善したい」と自宅で摂る食事は、パンなら全粒粉100%の生地をホームベーカリーで焼く。ご飯なら、自宅で玄米を発芽させた発芽玄米が定番だ。いずれも食物繊維が多く、ビタミンB1やミネラルも豊富。この食事を続けて10年余り。血糖値は正常になり、主治医からも褒められているという。
作曲家のメッセージを聴衆に伝える媒介者、それが指揮者です
この8月、飯守さんは4年の新国立劇場オペラ芸術監督の任期を終える。だが、多忙であることに変わりはない。4月から仙台フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者に就任し、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団や関西フィルハーモニー管弦楽団の桂冠名誉指揮者なども兼任する。
「指揮は音楽的スポーツで、アスリートなみの運動量です。2時間ほどの演奏で体重が1kg、長い曲だと2kgは落ちます」
ただし酷使するのは上半身だけ。下半身を鍛えるために、時間を見つけては歩く。1日1時間が目標だ。併せて、パーソナルトレーナーについての運動も課す。主に体幹と下半身を支える筋肉を強くするのが目的で、トレーナーは実際に演奏会に来て、鍛えるべき筋肉をチェックしてくれたという。
楽団を率いる指揮者だが、「たとえば飯守の『第九』(交響曲第9番)ではなく、あくまでもベートーヴェンの『第九』なのです。指揮者は、作曲家の思いを聴衆に伝える媒介者であるべきです」
タクトを振って半世紀、その信念に揺るぎはない。
取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆
※この記事は『サライ』本誌2018年7月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。