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椅子張り職人・宮本茂紀さんの朝めし自慢「人参と林檎のジュースを欠かしません」

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

天皇陛下の玉座から自動車シートまで手掛ける椅子作り名人。その健康は毎朝、自ら作る人参と林檎のジュースが支える。

【宮本茂紀さんの定番・朝めし自慢】

前列左から時計回りに、フランスパンと野菜サラダ(ブロッコリー・レタス・プチトマト)、茄子の油焼き(おろし生姜)、人参と林檎のジュース(ピーマン・大葉)、鰯の丸干し。フランスパンは軽くトーストし、野菜サラダはドレッシングなどかけずに食す。プチトマトや茄子、ジュースに入れるピーマン、大葉は屋上菜園で育てたものだ。

野菜作りが趣味で、10年前にミネルバ本社兼自宅を新築した時には5~6坪ほどの屋上菜園を作った。7月~9月にはピーマン、茄子、プチトマトを始め、大葉や枝豆などが食べきれないほど育つ。秋には葡萄も楽しみだ。

夏季は朝4時、冬季は5時頃に起床。「まず屋上の野菜に“ご機嫌伺い”をし、夏場なら6時頃には朝食も済んでいます」と、宮本茂紀さん。その後、6時25分からNHK Eテレをつけ、テレビ体操をするのが日課だ。

“モデラー”という言葉をご存知だろうか。建築家やデザイナーが描いた家具などの絵を基にモデルを作り、開発を手掛ける試作開発者のことだ。その日本人初にして、第一人者が宮本茂紀さんである。

「日本ではほとんど知られていなかった職業です。昭和40年代、私はイタリアの工場研修でデザイナーと現場をつなぐモデラーに出会い、この仕事を日本でも定着させたいと思いました」

その言葉通り、隈研吾やザハ・ハディドといった時代を代表する建築家と組んで椅子を製作。一方、昭和天皇の玉座や迎賓館の椅子の修復、また寝台車や電気自動車のシート試作、さらには海外ブランドのライセンス生産と、伝統的な仕事から最先端のそれまで、幅広く椅子に携わってきた。

『ミネルバ』本社のショールームで(見学可。要予約 電話:03・3785・2337)。宮本さんが30年以上にわたって製作を続けている、同じデザインで素材の木だけを変えるボスコシリーズの椅子(写真右)を始め、マッカーサーの椅子や皇室の晩餐会用の椅子などを展示。

昭和12年、東京生まれ。静岡県伊東市の漁師の家で育つ。が、船酔いが酷く、漁師になることを断念。粘り強さと手先の器用さを見ていた中学校の先生の勧めで、東京・深川の椅子職人に弟子入り。昭和28年4月1日、15歳だった。

「昭和20年代後半は、戦中戦後の倉庫に眠っていた美術品が世に出始めた頃。私が弟子入りした親方はその修復をやっていた。椅子張りだけでなく、修復で塗装や金箔貼り、彫刻とひと通りは学び、一人前に育ててもらいました」

独り立ちし、渡り職人として大手百貨店の仕事を請け負いながら、夜間の高校、大学で学ぶ。昭和41年、古典的技法による椅子製作及び修復を手掛ける『五反田製作所』創業。同60年にはグループの『ミネルバ』を設立。こちらはオリジナル家具の製作が主な仕事である。

昭和48年、イタリアの『アルフレックス社』で工場研修。初の海外旅行だった。45日間の研修と、その後のドイツ研修などでモデラーとして世界的な技術を習得した。

料理は徒弟時代に覚えた

10代の徒弟時代は親方一家と生活を共にし、技術を習得すると同時に家事労働もこなした。

「朝5時に起きて飯を炊き、味噌汁を作って、糠味噌の漬物を出す。小僧時代からやっていたので、今も料理は苦になりません」

という宮本さんは11年前に夫人を亡くし、今はひとり暮らし。昼食はお手伝いさんに任せるが、朝食と夕食は自分で調える。いずれも屋上菜園で採れる無農薬野菜中心の献立だ。畢竟、季節によりその内容は異なるが、朝食に欠かさないのが人参と林檎のジュース。

「医者の講演でこのジュースを知り、10年来愛飲しています」

林檎の甘みで飲みやすいのが、長続きの秘訣である。

人参と林檎のジュースの材料は、人参2本、林檎1個、ピーマン2個、大葉10枚ぐらい。これでグラス2杯分だ。盛夏には
1階フェンスで育てている苦にが瓜うりを入れることもある。

材料は適当な大きさに切って、ジューサーにかける。人参と林檎は皮付きのまま使うのが、栄養価を損ねないコツだ。

人間工学の数値では測れぬ真底、人に優しい椅子を作りたい

宮本さんの職人人生の中でも、印象深い椅子がある。マッカーサーの椅子である。今はアメリカの『マッカーサー記念館』に所蔵されているが、平成21年に日本に里帰りした折、白洲家からレプリカ製作の依頼を受けたという。

「(白洲)次郎さんがデザインし、マッカーサー元帥に贈った椅子です。よく見ると、椅子には釘が使われたところからヒビが入っている。これは次郎さんの本意ではなかろうと、日本の組手の技術を用いて再現しました」

晩年の白洲正子さんと東京・鶴川の『武相荘』で。白洲次郎、正子さん夫妻とは家族ぐるみの付き合いだった。正子さんは木の話が好きで、随筆執筆のために木の情報を提供することも多々あった。

白洲次郎との交友は昭和40年代半ばまで遡る。当時、『五反田製作所』はドイツ・コール社の椅子を製造しており、コール社の輸入商社であった『大沢商会』の会長が白洲次郎だった。白洲の趣味が木工仕事で話が合い、意気投合。可愛がってもらったという。

白洲次郎デザインの、マッカーサーの椅子(復刻版)。最高品質のケヤキ無垢材の中でも木目の美しいところを厳選し、背もたれにはマッカーサー元帥の階級を表す5つ星を抜いている。10脚限定生産(残り4脚)、200万円(五反田製作所 電話:03・3785・2331)。

今、宮本さんが力を注いでいるのが「マイチェア」だ。各人の体格に合うサイズで、その人なりの座り心地を追求した椅子である。

椅子作り65年で培ってきた確かな技術。それを生かして人間工学による数値のみでは測れぬ、究極の座り心地を追求する。

座り心地を追求した「マイチェア」。肘掛けと脚の樹種、表皮材も選べる。オットマン付き、30万円(五反田製作所 電話:03・3785・2331)。身長150cmの夫人が「大半の椅子は私の身体に合わない」といったのが始まり。すべて天然素材で人に最も優しい椅子。

著書3冊。左から『椅子づくり百年物語』(農文協 百の知恵双書 電話:03・3585・1142)は月刊誌での連載を基に、歴史や物語を背負った椅子を紹介。『原色インテリア木材ブック』(建築資料研究社 電話:03・3986・3239)は現在、日本の市場に出回っている木材約180種でデザインが同じ椅子を製作。各木材の特徴を解説する、デザイン関係の学生必携の書。『世界でいちばん優しい椅子』(光文社・品切れ)は、椅子ひと筋の男が語る迎賓館の椅子から新幹線のシート開発までの椅子の技術史。

取材・文/出井邦子 撮影/馬場隆

※この記事は『サライ』本誌2018年10月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。

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