文/中村康宏

睡眠、足りてますか?

睡眠には、身体の状態を一定に保つ(恒常性を維持する)機能があるとともに、起きている間に損なわれた機能を回復させる働きがあります。例えば、睡眠に依存して分泌されるホルモンである「成長ホルモン」は、成長促進作用、タンパク質・糖・脂質・骨などの代謝作用をもち、身体の成長、細胞の修復、免疫機能と深く関係しています。

しかし睡眠不足は、このような体本来の有益な働きを阻害し、実に様々な悪影響をもたらします。

そこで今回は、睡眠不足が体に引き起こす影響について、具体的に解説します。

睡眠不足は生活習慣病の温床

睡眠不足は脳から全身へとつながるホルモン分泌系統に異常をきたします。そのため、ストレスホルモンである「コルチゾール」や交感神経の緊張によって分泌される「カテコラミン」といったホルモンが増加します。すると、インスリンが効きにくくなり血糖値が下がりにくくなり糖尿病になりやすくなります。

また、健康な人が一晩徹夜すると血圧は約10mm/Hgほど上昇するとされています。さらに、なかなか寝付きが悪い人(入眠困難)や途中で起きてしまう人(中途覚醒)はそうでない人と比べて高血圧になる危険は約2倍と報告されています。このことから、睡眠障害が年齢、アルコール摂取量、喫煙習慣、肥満、ストレスと並んで高血圧発症の危険因子であると考えられています(*1)。高血圧自体は無症状ですが、これは死につながる恐れのある心臓病や脳卒中を引き起こす大きなリスクとなります。それゆえ、睡眠不足を軽視してはいけません。

免疫機能が低下する

ヒトは本来、感染症やその他の病気から身体を守るために、眠ることで病原菌と戦う免疫細胞を産生・増加させる、といった生体防御反応を持っています。事実、ヒトを対象にした実験では、睡眠時間が6時間以下では7時間以上の人と比較して感染症を4倍の差で発症したことが示されています(*2)。

例えば、風邪を引いたときや花粉症で眠くなる経験はないでしょうか?それは免疫細胞を増やすための体の防御反応の結果として生じているものなのですね。十分な睡眠が取れないと、一晩のうちに免疫システムは低下し、より感染症にかかるリスクが増大します。

肥満になりやすくなる

睡眠不足は、様々な要因から肥満になりやすい体質となります(*3)。

・代謝効率が落ちる:エネルギー代謝効率が悪くなり体重増加を引き起こす原因となります。もちろん、ダイエットを行なっている人は体重が落ちにくくなります。

・生活習慣が不規則になる:睡眠時間が不規則になることによって、朝の欠食や運動不足、1日のカロリー摂取バランスが偏るなど、生活習慣にも影響を及ぼします。カロリーは摂取量や栄養素取りすぎだけでなく、その摂取時刻が肥満のリスクになることが複数の研究から明らかにされています。

・嗜好が変わる:太りやすい食べ物を欲するようになります。短い睡眠時間自体が、油っぽい物、しょっぱい物、甘い物、高カロリー食品、炭水化物に対する欲求を抑えきれなくなることがわかっています。

・食欲が亢進する:ごく短期間の睡眠不足によって食欲を抑えるホルモンである「レプチン」濃度が低下し、代わりに食欲更新ホルモンである「グレリン」濃度が上昇し食欲の増大が生じることがわかっています。

脳の老化・認知機能の障害

睡眠が記憶の固定や増強に大きな役割を持っていることは良く知られています。学業成績と睡眠習慣の関係についての調査によると、就寝時刻の遅い子供や睡眠時間の短い子供ほど学業成績が悪いと報告されています(*4)。

また、睡眠時間が短いと脳の老化が目に見えて早くなると報告されています(*5)。その研究によると、睡眠時間が1時間短くなると、脳にできる隙間が1年毎に0.59%拡大し、脳が縮んでいくことが判明しました。それに伴い、認知機能は1年ごとに0.67%低下するとしています。

さらに、睡眠不足や睡眠の質が低いと、判断能力が低下するリスクが50%高まることがわかっています(*6)。判断能力が落ちると、計画能力、意思決定能力、問題解決能力、抽象的思考能力が落ちます。アメリカでは、CEOなど企業役員が睡眠に重きを置いていることは良く知られている事実ですが、この事実が裏付けとなっています。

ウェルネス(健康感)や生活の質の低下

睡眠時間が生活の質や健康感の重要な指標になりうることも示されています(*7)。慢性的に不眠に悩む人の多くは、筋肉痛や頭痛、消化器症状、日中の不調感などの心身の不定愁訴が多いことが報告されています。それゆえ、慢性的な不眠を訴える人の多くが眠れないという苦しさに加えて、身体的あるいは精神的な随伴症状による苦痛を伴っていて生活の質が大きく損なわれることがあります。

さらに、睡眠不足や睡眠の質が低下すると、健康観の偏りから健康的な行動を維持することが難しくなることが報告されています(*8)。特に、これは職場環境や仕事と密接に関係しており、近年の病気予防や健康増進の比重は、個人だけでなく企業の責任も大きいと考えられる傾向にあります。

*  *  *

以上、睡眠が体に及ぼす影響を解説しました。このように、睡眠不足は、精神面や機能的な問題に加えて、身体的な問題や人生の質にも影響が出ることがわかっているのです。

「睡眠」は健康でいるための絶対条件です。健康に生きて行くためには、質の高い睡眠を確保することが大切です。まずは、ご自身の睡眠を見直してみてはいかがでしょうか。

そして足りてないと思ったら、寝てください!

【参考文献】
※1.Chest 2010; 138: 434–43
※2.Pflugers Arch 2012; 463: 121–37
※3.Proc Natl Acad Sci USA 2014; 111: 10761–6
※4.Sleep 2016; 39: 2173–88
※5.Sleep 2014; 37: 1171–8
※6.Dement Neuropsychol 2016; 10: 185–97
※7.BMC Public Health 2006; 6: 1–8
※8.Prev Med Rep 2015; 2: 292–9


文/中村康宏
医師。虎の門中村康宏クリニック院長。アメリカ公衆衛生学修士。関西医科大学卒業後、虎の門病院で勤務。予防の必要性を痛感し、アメリカ・ニューヨークへ留学。予防サービスが充実したクリニック等での研修を通して予防医療の最前線を学ぶ。また、米大学院で予防医療の研究に従事。同公衆衛生修士課程修了。帰国後、日本初のアメリカ抗加齢学会施設認定を受けた「虎の門中村康宏クリニック」にて院長。未病治療・健康増進のための医療を提供している。

 

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