取材・文/わたなべあや

腰痛トレーニング研究所の川口陽海(かわぐち・はるみ)さんは、自身も長年腰痛に悩んだ末に、独自の腰痛緩和メソッドを編み出し、これまで1万人もの腰痛に悩む人を治療してきました。本連載では、そんな川口さんの過去の治療事例を元に、腰や脚の痛みやしびれの解決法を実例と共にご紹介します。

慢性的な痛みは、目に見えるものではないので、なかなか人に伝わりにくいもの。しかし、本人は非常につらく、そのまま引きずっていては生活の質も低下してしまいます。長い人生、腰痛など体の痛みに悩む方々は、ぜひご一読を。

*  *  *

今回の相談者は、中原和夫さん(仮名)。 51歳の男性で、会社役員をしています。身長175㎝、体重69kg、中年の割に引き締まっている、やや細身な体型です。スポーツが好きで、ランニングやゴルフなどを学生時代からずっと続けてきました。社会人になってからも週に3日は5~10km走っていて、仕事も役員とはいうものの、ご自身で営業もこなす、バイタリティあふれる生活を送っていました。ところが、数年前から、ランニングをしている時や走り終わった後に腰痛を感じるようになったのです。

「走っていると、太ももの裏が突っ張るような感じがして痛くなり、だんだん腰まで痛むようになりました。学生時代にも何度か腰を痛めたことはありましたが、社会人になってからは特に問題なかったのです。ところが、調子が悪い時は、横になっていても痛みを感じるようになりました」。

次第に悪化していく腰痛。中原さんは「これはおかしい」と思い、整形外科を受診。MRI検査を受けたところ、椎間板ヘルニアと診断されたのです。

「ヘルニアはありますが、さほど大きなものではないので、すぐに手術する必要はありません。しばらく痛み止めと湿布で様子をみましょう」と診断されました。

中原さんは、体幹を鍛えようとパーソナルトレーニングを受けてみたのですが、これといった変化はなく不安は募るばかり。腰のマッサージに毎週通ってみると、一時的に楽になったのですが、運動するとまた痛みを感じるようになりました。

*  *  *

話を聞いた川口さんは、「椎間板ヘルニアはあるようだが、それほど大きなものではなさそうだ。運動中やそのあとに腰痛が起こるなら、オーバーユース(スポーツなどによる使いすぎ)で、お尻からハムストリング(太ももの裏)にかけて、筋肉や筋膜の痛みが起こっているのではないか」と考えました。

では、川口さんの施術法を見てみましょう。

まず、川口さんは、中原さんの姿勢や動作を確認しました。

「姿勢を見ると、腰から背中の緊張がやや強いことが分かります。前屈が苦手なのは、大腿裏のハムストリングという筋肉が固いからでしょう。ハムストリングは、走る時に使う筋肉なのですが、ここが固くなった状態で長距離を走ると、オーバーユースを起こしやすいのです」

「上半身を反らすような歩き方をしていて、重心がかなり後ろになっています。小走りの場合も、同じように上半身が反りかえるような姿勢になっているのです。この姿勢で走ると腰に大きな負担がかかり、そのため、ランニング中や、その後に腰が痛むのでしょう」

中原さんの場合、トリガーポイント(筋肉のこり)や筋膜の癒着が痛みの原因と考えられた。そのため、まず、筋肉や筋膜を緩める治療を行い、その後、セルフケアのためのストレッチなどを試してみることにした。

次に、川口さんは、横になっている中原さんの筋肉に触れ、痛みの原因になっている筋肉を探しました。中殿筋や梨状筋などのお尻の筋肉、大腿裏のハムストリングなどの筋肉がかなり緊張していることがわかりました。

中原さんの腰痛の原因になっているトリガーポイントは、以下の図で示されるエリア。中殿筋、梨状筋、ハムストリングがオーバーユースのため過緊張状態となっています。

※なお下図中「×印」の部分はトリガーポイントのできやすい部位(好発部位)で、そこから赤いエリアに痛みやしびれなどの症状が出ることが多い。Trp1、Trp2……とは、トリガーポイント好発部位を表している。「同じ筋肉の中でも、トリガーポイントは複数の箇所に生じる場合があり、それぞれが違う範囲に痛みなどの症状をおこすことがあります。例えば次の中殿筋の図の左3つは、それを良く表しています」(川口さん)

中殿筋のトリガーポイント

梨状筋のトリガーポイント

ハムストリングのトリガーポイント。Semitendinosus = 半腱様筋、Semimembranosus = 半膜様筋、Biceps femoris = 大腿二頭筋の3つを合わせてハムストリングと称する

中原さんの場合、坐骨付近の筋肉に触れると、痛みを感じる同時に、気持ちいいという感覚もありました。この部分はハムストリングとお尻の筋肉が、関節をまたいでつながっているので、筋肉の疲労が集中しやすいのです。

川口さんは、手技で、ハムストリングからお尻にかけて、筋肉を10~15分ほど緩めました。すると、中原さんは、腰から脚が軽くなったように感じ、下肢をスムーズに動かせるようになったのです。

歩行や小走りの動作をチェックすると、最初に見られた、上半身を反らすような姿勢ではなくなりました。実に軽快、楽に動けるようになったのです。

しかし、このままでは、またすぐに筋肉が緊張して痛みが出てしまいます。そこで、中原さんには、ハムストリングおよび中殿筋・梨状筋の緊張を緩めるための、自宅でできるストレッチを紹介しました。

まずは、バスタオルを使ったハムストリングのストレッチです。

そして、中殿筋・梨状筋の緊張を緩めるストレッチです。

1回目の施術後、自宅で7日間ストレッチをしたところ、運動しても痛みをほとんど感じなくなりました。「良くなるかもしれない」、そう期待が膨らんだ中原さん。いままでも毎日ストレッチをしていましたが、ハムストリングや中殿筋については、ここまでしっかり伸ばしていませんでした。また、力んでグイグイ伸ばしていたのも良くなかったようです。

「運動のためにおこなうストレッチと違い、痛みがある場合や痛みを改善したい場合のストレッチは決して力んではいけません。なるべく力を抜いて、痛気持ちいい程度に伸ばすのが最も効果があります」

さらに7日間継続したところ、ランニング時の痛みはほとんど出なくなり、1ヶ月経過する頃には、走ったあとも痛みが出ることはほぼなくなり、かなり回復してきました。さらに6週目には、運動中や運動後の痛みは概ねなくなり、いまは、快適にランニングを楽しんでいます。

以上、今回の中原さんへの施術ポイントをまとめておきましょう。

【施術ポイント】
(1)ハムストリング、中殿筋、梨状筋というお尻の筋肉のトリガーポイントをゆるめる
(2)同じ筋肉を自分でストレッチをする

【今日のポイントまとめ】
(1)ヘルニアがあっても痛みの原因ではないことがある
(2)痛みの原因は、トリガーポイントであることが多い
(3)スポーツなどでオーバーユースになると、トリガーポイントができることがある
(4)トリガーポイントが原因の痛みは、ストレッチで和らげることができる


指導/川口陽海
厚生労働大臣認定鍼灸師。腰痛トレーニング研究所代表。治療家として20年以上活動、のべ1万人以上を治療。自身が椎間板へルニアと診断され18年以上腰痛坐骨神経痛に苦しんだが、様々な治療、トレーニング、心理療法などを研究し、独自の治療メソッドを確立し完治する。現在新宿区四谷にて腰痛・坐骨神経痛を専門に治療にあたっている。

【腰痛トレーニング研究所/さくら治療院】
東京都新宿区四谷2-14-9森田屋ビル301
TEL:03-6457-8616
http://www.re-studio.jp/index.html

取材・文/わたなべあや
1964年、大阪生まれ。大阪芸術大学文芸学科卒業。2015年からフリーランスライター。最新の医療情報からQOL(Quality of life)を高めるための予防医療情報まで幅広くお届けします。趣味と実益を兼ねて、お取り寄せ&手土産グルメも執筆。

 

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