文/鈴木拓也

「江戸時代の庶民の食事」から何を連想するだろうか?

時代劇のシーンから思い起こして、「一汁一菜の粗末な食事」といったところか。便利な調理家電もスーパーもない時代。ご飯に味噌汁、焼き魚に漬け物だけの食卓を、わびしく親子で囲んでいる様子が思い浮かぶ。

そんなイメージを覆すのが、今回紹介する新書『江戸っ子の食養生』(ワニブックス)に書かれた蘊蓄の数々だ。

著者は、時代小説家で江戸料理・文化研究家でもある車浮代(くるまうきよ)さん。
車さんは、幕末に来日した外国人の証言をもとに、「町の男たちは筋肉質で引き締まった体をし、女たちは自らの性的魅力を抑え込むことなく、開放的でおおらかでした」と、当時の庶民の姿を記す。痩せて不健康な人が多かったのだろうという想像とは、真逆の世界がそこにあったという。

そして、江戸時代の人々の健康の秘訣は、「毎日の食事」にあったとも。
では、その食事には、どんな秘密が隠されていたのだろうか。

1冊の本が豆腐人気を押し上げた

江戸っ子の好きな食べ物に豆腐がある。
当時は、棒手振り(ぼてふり)と呼ばれた行商人が、豆腐の主な小売業者であった。彼らは、天秤棒をかついで長屋の路地の奥までやってくる。その頻度は、1日に3回だったというから、いかに豆腐の人気が高かったかがわかる。

その人気をさらに押し上げたのが、『豆腐百珍』というレシピ本だった。豆腐を使った100種類もの料理が紹介されたこの本はベストセラーとなり、続編・続々編や類書も登場するほど。
車さんは、『豆腐百珍』の中で特に人気の一品として「八杯豆腐」を挙げ、レシピとともにその魅力を次にように書いている。

出汁か水6杯に対して、醤油1杯、酒1杯の合計8杯の汁で豆腐を煮るから「八杯豆腐」。一言でいうならば「湯豆腐の味つき版」です。湯豆腐との違いは、味のついた汁で煮て、大根おろしをのせること。出汁でつくると特においしく、ほっこりと心を和ませてくれます。(本書より)

【材料(2人分)】
・絹ごし豆腐(木綿でもOK):1丁
・出汁:1.5カップ(300ml)
・酒、醤油:各大さじ3
・大根おろし:適量

【作り方】
1 鍋に出汁と酒を煮立ててから醤油を加え、お玉で薄くすくった豆腐を入れる。
2 豆腐が煮えて浮いてきたら、煮汁ごと器に入れ、大根おろしをのせる。
3 お好みで、七味やもみのり、削りかつおなどをかける。

江戸っ子に親しまれたもう1つの大豆食品として、納豆も登場している。

もともと冬の食べ物であった納豆は、人気の高まりとともに年中みられる食品となった経緯がある。江戸初期に書かれた『本朝食鑑』には、「腹中をととのえて食を進め、毒を解す」と説明があるそうで、当時から健康食という認識があった。

納豆も、棒手振りが売り歩いていた。天秤棒に2つの樽を下げ、片方には粒のままの糸引き納豆、もう片方にはひきわり納豆が入っていた。

では、江戸っ子は納豆をどう食べたかといえば、意外にも納豆汁にすることが多かったという。車さんの解説によると、湯に味噌をといただけの味噌汁に、ひきわり納豆を入れ、刻み葱をのせるというシンプルなもの。また、これをちょっと贅沢にアレンジするなら、鶏のミンチ、あるいは豆腐や油揚げを加えるのがおすすめだそうだ。

初物の鰹は別格、鮪は最下級の扱い

江戸の町人にとって、魚はたまのご馳走と思い込んでいたが、実はそうではないという。
当時の日本橋から江戸橋までの北岸は、魚河岸と呼ばれ、毎日大量の魚が取引された。金額にして1日に千両とか。

それだけ「魚をとにかくよく食べていた」江戸っ子にとって、初物の鰹は別格であった。それにまつわるエピソードがある。

ある文献によると、文化9(1812)年に歌舞伎役者の中村歌右衛門が1本の鰹を3両で買っています。現代のレートに換算すると約30万円。文政6(1823)年には、江戸の料亭の中でも名店中の名店「八百善」が同じく初鰹を3本も買っています。(本書より)

現代もそうだが、鰹の食べ方として、たたきが人気があった。これは、もともと土佐が本場で、寄生虫の害を避けるためにあぶったのが始まり。これが江戸だと、皮をはいで酒に漬け込んで寄生虫を取り除くやり方。からし醤油で食べるのが定番であった。

【材料(2人分)】
・鰹(刺身用のさく、皮なし):1本
・酒:大さじ2
・醬油、練りがらし:適量

【作り方】
1 鰹はザルにのせて全体に熱湯に回しかけて霜降りにし、湯を切る。
2 ポリ袋に入れて、酒を注ぎ、冷蔵庫で冷やす。
3 8ミリ程度の厚さに切り、器に盛る。醤油と練りがらしを添える。

面白いことに、現代では高級魚の鮪(まぐろ)は、江戸の魚河岸では最下級の扱いであった。
これは、巨体ゆえ、魚河岸まで菰(こも)にくるんで大八車で運ばれてきたのが、人間の死体を連想させたこと、脂身が傷みやすくすぐ味が落ちたことが原因だった。畑の肥料にされることもあったという。

それが8代将軍・吉宗の贅沢禁止令で潮目が変わり、安価な鮪が庶民の味になった。さらに寿司屋が、切り身を醤油に漬けた「ヅケ」を考案。保存性と味わいが良くなって人気上昇。といっても、これは赤身の話であり、脂身については「昭和初期でさえ、タダ同然で取引され、捨てられることも多かった」と、車さんは説明している。

* * *

「飽食の現代、私たちは江戸っ子の食に見習うところが多いと感じます」と、車さんは述べているが、まさに同感。当時の庶民の食生活を、取り入れるところは取り入れて、シンプルでおいしい毎日をめざしたい。そんな気持ちにさせてくれる1冊だ。

【今日の健康に良い1冊】
『江戸っ子の食養生』

車浮代著
ワニブックス

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

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