朝食には脳のエネルギー源となる炭水化物が必須 。“頭で食べる”という現役保育士の健康は、朝の三角サンドが支える。

【大川繁子さんの定番・朝めし自慢】

前列中央から時計回りに、玉子焼きミックスサンド(トマト・ハム・レタス)、カマンベールチーズ、果物(ぶどう)、カフェオレ。カマンベールチーズは、他のチーズに替わることもある。果物は必ず登場するが、苺、バナナなど包丁を使わずに食べられるものに決めている。

「朝寝坊で8時起床、朝食は9時。自分で作るものは何もない手間いらずな朝食よ」と大川繁子さん。この日は撮影のために午前11時頃、生活団のミーティングルームで摂る。

栃木県に“奇跡の保育園”といわれる認可保育園がある。「小俣幼児生活団」である。ここの主任保育士が93歳の大川繁子さんだ。

「全国から見学者が絶えませんが、“奇跡”というのは、私の次男である団長(以下、園長)が取り入れた独自の保育法にあるのでしょう。もっとも、私のような“おばあちゃん先生”も奇跡のひとつでしょうけれど……」(笑)

独自の保育法とは、モンテッソーリ教育やアドラー心理学の理論を取り入れたことである。簡単にいえば、モンテッソーリ教育とは自立した人間を育てるための教育法。また、アドラー心理学では大人と子供を対等な立場に置く。

「だから、子供がもっている自由に生きる力と、それに伴う責任感を育てるのが保育方針。ルールは園児が決め、園児に命令することもありません」

3000坪を超える園庭で、元気に走り回る園児たち。裏山には池もあれば梅林もあり、園児らが立ち入り禁止の場所はない。正面の母屋も園舎で、築170年を経る国の登録有形文化財だ。
13歳の女学校時代の繁子さん。幼い頃からずっとピアノは習っていた。「このピアノのおかげで昭和25年、保育士の試験に1回で合格できました」と繁子さん。

繁子さんは昭和2年、東京・三田に生まれた。裕福で教育熱心な家庭に育ち、東京女子大学数学科に進学するも、1年生の時に終戦。大学を中退し、栃木県足利市で病院を営む大地主の大川家に嫁いだ。

小俣幼児生活団は昭和24年、大川家の敷地に姑が立ちあげた保育園である。その翌年、保育士の有資格者がひとり必要ということで、嫁の繁子さんに白羽の矢が立った。

姑のいうことは絶対で、保育士の資格を取得。ちなみに“生活団”なる名称は、“生活そのものが教育”という自由学園創立者の羽仁もと子の考えに基づいている。

頭で食べる

生活団の給食はバイキング方式である。食べたい物も量も子供自身が決める。遊びに熱中していれば食べないのも良し。

「私の夕食は栄養士が作ったこの給食。1日2食で、朝は脳がガス欠状態だから、燃焼しやすい炭水化物の朝食を摂ります。味覚より“頭で食べて”いるようなものね」

家事が苦手で、その炭水化物はコンビニの三角サンドイッチが定番だ。玉子焼きミックスサンドがお気に入りだが、ハムサンドや玉子サンドになることもある。飲み物は園長の眞さんが淹れるカフェオレが決まりだ。

嫁や妻としての人生を終え、現在はひとり暮らし。93歳の今が、青春だという。

ある日の夕食の献立。前列中央から時計回りに、ご飯、納豆、里芋の煮っころがし、鮭のホイル焼き(玉葱・えのきたけ・パプリカ)、牛乳、味噌汁(切り干し大根・南瓜)。「園児には560キロカロリーを目安にしていますが、繁子先生には量で加減して700~800キロカロリーに」と栄養士さん。米は“とちぎの星”、牛乳は栃木牛乳を使用している。
夕食後のデザートは、好物のプリンが多い。「これもサンドイッチと一緒に、コンビニで買ってきたものよ。便利な世の中になったものです」と繁子さん。

保育という仕事は奥が深く、93歳の今も学びが尽きない

小俣幼児生活団では、子供たちが楽しみにしていることがある。繁子先生が担当するリトミックの時間だ。リトミックとは音楽・歌・即興からなる音楽教育法である。

「私がリトミックと出会ったのは、40歳過ぎ。東京で講習を受けたら、何だか懐かしい気がして……」

その懐かしさの理由は、繁子さんが3歳の頃に遡る。音楽とダンが好きな娘だと気づいた母が、習うなら一流の先生にと、創作舞踏の天才といわれた石井漠さんの舞踏教室に通わせてくれたのだ。

「実は、石井漠先生はリトミックを日本に紹介した方でもあったのです。きっとレッスンにもリトミックの要素が含まれていたから、懐かしく感じたのでしょう」

以来、リトミックに魅了され、生活団にも取り入れた。また今も、群馬県高崎市の教室で月に一度、楽しく体を動かしているという。

繁子先生がピアノを弾きだすと、子供たちはリズムに合わせて体を動かし、お友だちとポーズを決める。子供たちの目は輝き、リトミックの時間が大好きだ。下写真は5歳児。

保育歴約60年、2800人以上の卒園生を送り出してきた。

「けれど、保育の仕事は奥が深くて毎日が勉強。今日は何を学べるかしら、とワクワクします」

尽きぬ好奇心と探求心が、生涯現役の秘訣である。

絵本を読み聞かせる。“栃木県の保育士で絵本といえば大川繁子先生”といわれるほど、講習会や研修会に通って勉強をした。張りのある大きな声だ。語り(素話)をすることも。
現在、園児91人、保育士14人。園長の眞さん(左)との打ち合わせでは、保育士らの日誌から現場の声を拾うのが欠かせない仕事。日誌に感想文を書くのも、楽しい日課だ。
著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』。モンテッソーリ教育とアドラー心理学を実践する小俣幼児生活団。その92歳(当時)の主任保育士が60年にわたる経験から見えた子育てで真に大切なことを語る。

※この記事は『サライ』本誌2021年3月号より転載しました。年齢・肩書き等は掲載当時のものです。 ( 取材・文/出井邦子 撮影/馬場 隆 )

 

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