文/小林弘幸

「人生100年時代」に向け、ビジネスパーソンの健康への関心が急速に高まっています。しかし、医療や健康に関する情報は玉石混淆。例えば、朝食を食べる、食べない。炭水化物を抜く、抜かない。まったく正反対の行動にもかかわらず、どちらも医者たちが正解を主張し合っています。なかなか医者に相談できない多忙な人は、どうしたらいいのでしょうか? 働き盛りのビジネスパーソンから寄せられた相談に対する「小林式処方箋」は、誰もが簡単に実行できるものばかり。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説します。

【小林式処方箋】そもそも他人を信じない。

期待値が高ければ高いほど……

なぜ、対人関係で多くのストレスを抱えてしまうのでしょうか。それは、あなたが「他人に期待している」からです。期待しているからこそ、裏切られた時、大きなストレスを感じてしまうのです。

例えば、前から人が歩いてきたとします。自分は左側通行の左側を歩いている。このままだとぶつかるが、相手が間違った側を歩いているのだから、向こうが譲るはずだ。こんなふうに考える人が多いのではないでしょうか。

しかし、相手は歩きスマホをしていて気づかないかもしれません。そもそも、左側通行ということに気づいていないかもしれない。相手がよけるはずだと思っても、そうでないことは多々あるのです。

もしぶつかったらどうなるでしょう。客観的に見れば相手が悪い。怒り心頭です。しかし、相手が自分の非に気づかなければ、思わぬいざこざに発展することもあります。怪我のリスクもある。何より、怒りが湧いた時点で、あなたの自律神経は乱れに乱れ、その日1日を残念なものにしてしまいます。

だったらどうするか。

先に気づいたあなたが、相手の行動を期待せず、よければいいのです。つまり「他人を信じない」ということです。

「誰も信じるな」という教えの意味

この考えに至ったのは、留学先のロンドンでの経験からです。

ロンドン大学付属英国王立小児病院の外科に勤務した時の話ですが、そこで中心的だった医師から、初対面でいきなりこう言われたのです。

「I don’t believe anybody」

直訳すれば「私は誰も信じない」。

いわば「お前のことなんて信用しないからな」と言い放たれたのです。私は腹を立てました。失礼な奴だ。それが最初の印象です。

ところが彼は構わずこう続けました。私に対し、「今から、外科の基本を教えてやる」と言うのです。

トップ医師の言葉です。私は身構えました。ところが、またしてもこう言ったのです。

「Don’t believe anybody(誰も信じるな)」

もちろん最初は反発しかありませんでした。「信用しない」なんて、人として疑問だと思いました。

ところが、手術に臨んだ際、ようやく彼の言っていることの一端が理解できました。

私たち外科医の現場は、常に患者の命を預かっています。「動揺すること」は絶対に許されません。

動揺し、自律神経が乱れ、判断を誤るようなことがあれば、それは「患者の死」に直結してしまうからです。

しかし、手術室とて、想定外のことが起こります。小さなミスもある。

例えば、大事な局面で、スタッフが初歩的なミスを起こしたらどうでしょうか。

「なんでそんなミスをしたんだ!」

と怒りが抑えられなくなるのではないでしょうか。怒髪天とはこのことです。

しかしこの「怒り」は、良い結果をもたらしません。怒りで自律神経が乱れ、平常心も失ってしまうでしょう。手術の現場では、否応なく緊張で交感神経が高まりますから、バランスをとるためにも、必要なのは普段よりリラックスして、副交感神経を高めることなのです。

ではどうするか。ここであの言葉の意味がよくわかります。

「誰も信じるな」

つまり、最初から相手に期待しなければいいのです。「相手はミスをするもの」と最初から思えばいい。

そのスタンスでいると、常に最悪の状態を想定し、そのための準備もぬかりなくやっているので、いざという時、冷静さを保つことができるのです。

これは、モニターなどの機械に対しても同じです。機械の故障や設定ミスもあると考える。そうすれば、機械だけに頼ることなく、「自分の目で患者を診る」というチェック機能が働きます。

また、どんな人間関係にもあてはめることができます。

相手が妻や夫などのパートナーであれ、自分の子どもであれ、何年もつきあいのある友人であれ、「期待しない」というスタンスで接すればいいのです。

ただし、相手を否定し、疑心暗鬼になれ、ということではありません。相手に甘えたり、依存したりするな、ということです。期待していなければむしろ、相手が何かをしてくれた時や、助けてくれた際は、心から「ありがとう」と言えるのではないでしょうか。

ストレスを紙に書き出してみる

もし、「誰も信じない」というスタンスをとっても、どうもストレスが減少しないという場合は、自身のストレスをもう一度、整理する必要があります。

簡単な方法があります。それは「自分にとって何がストレスになっているか」を10個、紙に書き出す、というやり方です。

「職場に苦手な同僚がいる」

「夫婦の仲がうまくいっていない」

「体に不調があり、重病じゃないか心配だ」

「仕事でミスが続いている」

などなど、いろんなことが思い浮かぶでしょう。それをできるだけ具体的に、10個挙げるのです。

そして次に、ストレスをランク分けします。1.小さい、2.中くらい、3.大きい、4.とても大きい、という4つのランクに分類してみましょう。

どうでしょう? 先に例に挙げた4つを見てください。この中から「とても大きい」ストレスをピックアップするとしたら、きっと「体に不調があり、重病じゃないか心配だ」ではないでしょうか。

これに比べると、その他のストレスは、相対的にそれほど大したことではないことがわかります。

するとその瞬間、「小さい」や「中くらい」のストレスで思い悩むことが、馬鹿らしく思えてくるのではないでしょうか。「大きい」ストレスでさえも、「とても大きい」ストレスと比べれば、やっぱり大したことありません。

こうやって整理していくと、「とても大きい」ストレスしか残らなくなります。あなたは、これだけを気にすればいいのです。いくつも悩みを抱えたまま、どれにも手をつけられずに悩んでいても、何も変わりません。悩むだけ時間を浪費し、そのことであなたの自律神経は乱れることでしょう。

「体に不調があり、重病じゃないか心配だ」というのでしたら、実際に病院に行って、確認をすればいいだけです。次にどう対応すればいいか、明確にわかります。

気の迷いに過ぎず、病気ではなかったことがわかれば、その時点でストレスは消えてしまうものです。

ストレスの原因を整理し、自分にとっての「とても大きい」ストレスが把握できれば、その先のストレスフリーな生活が見えてくるでしょう。

  『不摂生でも病気にならない人の習慣』

小林弘幸 著

小学館
定価 924 円(本体840 円 + 税)
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文/小林弘幸
順天堂大学医学部教授。スポーツ庁参与。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。また、日本で初めて便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」でもある。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説した『不摂生でも病気にならない人の習慣』(小学館)が好評発売中。

 

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