文/小林弘幸

「人生100年時代」に向け、ビジネスパーソンの健康への関心が急速に高まっています。しかし、医療や健康に関する情報は玉石混淆。例えば、朝食を食べる、食べない。炭水化物を抜く、抜かない。まったく正反対の行動にもかかわらず、どちらも医者たちが正解を主張し合っています。なかなか医者に相談できない多忙な人は、どうしたらいいのでしょうか? 働き盛りのビジネスパーソンから寄せられた相談に対する「小林式処方箋」は、誰もが簡単に実行できるものばかり。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説します。

【小林式処方箋】怒りそうな時は階段を1階分、上り下りする。

怒鳴ったらすべてが台無し

自律神経が扱いにくいのは、「周囲の影響を受けやすい」ということです。自分は、リラックスして落ち着いて臨もうと思っていても、否応なく周囲に巻き込まれ、イライラし……結果的に自律神経は乱れに乱れ、その日1日を棒に振ってしまうということも、ままあるでしょう。

例えば、あなたの部下や後輩、スタッフが、とんでもないミスをしたとしましょう。あなたならどうしますか? 「鉄は熱いうちに打て」ということで、大声で叱り飛ばしていませんか? でも叱ったことで、自分のほうが、調子が悪くなったりしていませんか? これも自律神経の働きです。

具体的に解説していきましょう。大声で怒鳴った結果、何が起きるのでしょうか。まず、怒鳴ったことで、交感神経が活発になり、心拍も血圧も上がり、血管がぎゅっと収縮されます。すると血液の流れが悪くなり、細胞のひとつひとつに血液が行き渡らなくなるのです。これが「自律神経の乱れ」に繋がります。

一度乱れた自律神経が元通りになるまで、だいたい3時間かかります。つまりほんの数分、瞬間的に怒鳴ったことで、その後の3時間をひどいものにしてしまうのです。

それだけではありません。

怒鳴られた側も、それを聞いていた周囲の人間も、不快に思います。結果、チーム全体の自律神経が乱れ、生産効率がガクンと落ちてしまうのです。

自律神経の乱れはチームに連鎖する

では、どのように対処するべきか。

感情を露わにする必要は一切ありません。意識的に「ゆっくり」と話せばいいだけです。まずはいったん、深呼吸。息を大きく吸い込んで、自律神経を整えます。これだけで「怒鳴りたい!」という衝動は抑えられるでしょう。そしてゆっくり落ち着いて相手と向き合います。すると、怒鳴り散らすよりも、相手は落ち着いてあなたの話を聞いてくれます。互いに、起きてしまったミスに対し、どうリカバリーしたらいいか。冷静に相談することができるようになるでしょう。

甲子園の高校野球の大会を見ていると、ひとつのエラーがきっかけになって、次々とエラーが起きることがよくありますよね。「ミスが連鎖する」という言い方をしますが、あれは、自律神経の乱れが伝染しているのです。

逆に言うと、自律神経の安定も伝播します。

スタッフがミスをした際、あなたが落ち着いて会話しているのを周囲が見れば、周囲もまた、心が落ち着きます。それは自律神経の安定となって、チーム全体のパフォーマンス向上に直結するのです。

実際、早口で怒鳴っていた私が、それをやめて「ゆっくり話す」ようにしたところ、効果は歴然でした。その後は、家族間、友人、飲み会、地域の集まり──職場以外の人たちとの普通の会話でも、「ゆっくり話す」ように心がけてみました。すると、私も周囲も、以前よりも落ち着きが増し、非常に安定した精神状態になったのです。

このことには、「呼吸」が大いに関わっていることがわかりました。

ゆっくり話すことで、呼吸がゆっくりと深くなり、それによって、リラックス効果がある副交感神経が優位になるのです。逆に、たとえ怒鳴っていなくても、早口でしゃべると、呼吸が浅くなり、鼓動も速くなります。すると交感神経が活性化し、興奮しすぎてしまうのです。さらに「成功している」と周囲から目されている人たちを、注意深く観察するようにしました。

すると、一流企業の経営者や、成功したアスリート(例えば王貞治さんや、松井秀喜さんなどがそうですね)、「神の手」を持つと言われる名医など、各界で成功している人たちは、「ゆっくり話す」人がほとんどでした。

これは性別や年齢に関係ありません。例えば銀座や六本木で「ナンバーワン」の座をほしいままにする一流のホステスたちもまた、「ゆっくり話す」人たちだったのです。

部下やスタッフは「管理する対象」か

もちろん、「ゆっくり話す」だけでなく、話す内容にも留意すべきでしょう。例えば、部下やスタッフのミスに対し、叱責するだけでは、相手は萎縮してしまいます。メンバーが萎縮してしまえば、チームの力は衰えていきます。

私はかつて、イギリスとアイルランドに留学していたことがあるのですが、この時の体験で非常に考えさせられました。そこでは、教授であろうが、研修医であろうが、皆が常に対等な立場にあり、積極的に意見を交わし合いながら、目の前の仕事に取り組んでいたのです。

日本だと、部下やスタッフを、「管理する対象」として見てしまいます。「管理職」という名がついているくらいですからね。しかしイギリスやアイルランドでの経験は、「本当に管理すべきだろうか」という疑問を生じさせました。むしろ、人を上から管理して行動を束縛するよりも、人それぞれの個性や特性を発揮できる環境を整えたほうが、ビジネスでもスポーツでも、もっと良い結果が出るのではないでしょうか。

では、どのように話しかけたら良いのでしょうか。それは「勇気づける」ということです。これは留学時代の上司の口癖です。彼は常に「Encourage!(勇気づけろ!)」と口にしていました。

いわく、勇気づければほとんどの人は「大成する」と言うのです。上の者からすれば、下の者の出世や昇進の道を断ち切ることは簡単でしょう。しかし、どんな仕事も「チーム」で行うものです。部下やスタッフをふるい落としていては、チームとして立ちゆきません。

そしてもうひとつ大事なことは、「人」はかけがえのない財産だということです。

お金なら、一度失っても、また稼げばいいだけです。しかし、一度失った人心は戻ってきません。

「もし下の者がうまくいかなくなったら、ヒロユキ、それは君が悪いのだ」

上司に言われた言葉が、まだ耳に残っています。

上の人間に求められる資質は、「下の人間の特質や経験を、どう引き出すか」ということなのです。

抑えきれない時は「体」にアプローチ

とはいえ、先に述べた「沈黙」や「ゆっくり話す」だけで抑えきれない負の感情もあるでしょう。メンタルに問題を抱えている時に、メンタルで処理しようとしても、限界はあります。

そんな時どうするか。心が乱れているなら、アプローチは「体」からです。体を整えることを最優先で行うのです。

私が推奨する方法は、「自席に戻らず、階段を1〜2階分、上り下り」。これだけです。

ゆっくりとリズム良く、上り下りするのがコツです。激しく上り下りすると、交感神経が刺激されてしまうので、より興奮してしまいます。「ゆっくり」が基本。

こうすると、リズミカルな動きによって、副交感神経が高まり、自律神経のバランスが回復します。怒ったことで交感神経が高ぶってしまいましたので、バランスをとるために、副交感神経をアップさせてあげるというわけです。

事後処理や部下へのフォローを求められている場合でも、できれば「階段の上り下り」を優先すべきでしょう。それほど時間はかかりません。

自律神経のバランスが整ったところで、改めて部下への対応や事後処理策を考える。こうすればきっと、良いアイデアも浮かんでくるのではないでしょうか。

 

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小林弘幸 著

小学館
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文/小林弘幸
順天堂大学医学部教授。スポーツ庁参与。1960年、埼玉県生まれ。87年、順天堂大学医学部卒業。92年、同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属小児研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学医学部小児外科講師・助教授などを歴任。自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導にも携わる。また、日本で初めて便秘外来を開設した「腸のスペシャリスト」でもある。自律神経の名医が、様々な不摂生に対する「医学的に正しいリカバリー法」を、自身の経験も交えながら解説した『不摂生でも病気にならない人の習慣』(小学館)が好評発売中。

 

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