酒の旨さの本質とは何か。実力ある酒蔵の酒の味を利いていると、それぞれの味に「核」のようなものがあると気がつく。蔵のめざす味や酒質の方向性によって、さまざまに違うが、これがいわば酒の“背骨”であり、背骨がなければ、旨酒とはいえぬ。

それがわかれば、あとの話は早い。酒の味の“背骨”を知るために、まずは実力蔵の酒を居酒屋で飲んでみよう。人気ゆえ、稀少でなかなかお目にかかれないが、その酒を常時揃える店を知れば、あっけないほど簡単に飲めるのだ。

今回は、当代きっての実力蔵4つの名酒と、それを飲みにいくべき4軒の居酒屋を紹介しよう。

■1:十四代(じゅうよんだい)
――芳醇旨口、美酒の最先端を常に行く名酒

東京・新宿のはずれ、商業地から少し入った静かな路地に佇む小さな酒場『GORI(ごり)』。24年前のある日、この店のカウンターに、ひとりの青年の姿があった。

近くの百貨店に勤め、仕事帰りに通ってきていた青年は、自分が実は古い酒蔵の跡取りで、この日を限りに地元山形に帰ることを店主に告げた。『十四代』醸造元高木酒造の現社長・髙木顕統さん(48歳)の若き日の姿であった。

「1年経ったら旨い酒を持ってきます」そういって去った髙木さんが、翌年携えてきた、ラベル貼りのされていない一本の瓶。いまでは幻の酒とまでいわれる『十四代』の物語はここから始まった。

こうした縁もあって、『十四代』はまず切らさないと、店主の藤本宣さん(69歳)はいう。

「この酒は、飲みつけていない人に出したら、一発で日本酒のファンにさせてしまう。そして、詳しい人なら、ムムッと唸って、“やっぱりこの酒は別格だなあ”、とため息をつく。うちも数多くの銘柄を扱っていますが、こんな酒は他にありませんよ」

GORI 東京・新宿店主の藤本宣のぼるさん(左)と、奥さんの礼子さん(右)。『十四代』は、時期によるが常に相当数が揃っている。価格は、特別本醸造でグラス800円、吟醸900円~。大吟醸2000円。

この店では、酒は宣さんが選び、料理は奥さんの礼子さん(66歳)が担当する。名物のひとつが、天然の本まぐろをにんにく醤油に絡めて焼き上げる「まぐろステーキ」だ。ここに合わせたのが『十四代』の最高峰、『十四代 龍月』(純米大吟醸)と『十四代 双虹』(大吟醸)。力強いアテに、繊細な酒が、負けたりしないのだろうか。

「心配要りません。『十四代』の特徴は、繊細さの中に、強い旨みと甘みが隠されている。飲み口に感じる、きらめくような甘さの正体はこれなんです。だから濃い料理にもまったく負けない」(宣さん)

大きな切り身を豪快に焼き上げた、「まぐろステーキ」(1500円~)は、若き日の髙木さんも、好んだという。産地や大きさによって値段が異なり、写真で2000円だ。純米大吟醸の『龍月』と大吟醸の『双虹』は、ともにグラス2000円。

「アボカドとウニソースのグラタン」には、『十四代 愛山』(純米吟醸)を合わせた。クリームのコクに、香りも甘みも損なわれるどころか、さらに膨らみを増し、この酒の芯の強さを垣間見るかのようだ。

「アボカドとウニソースのグラタン」1200円。スライスしたアボカドに、海老、茸きのこ、練りウニのソースを絡めてオーブン焼きにする。酒は『純米吟醸 愛あい山やま』グラス1200円。

ほかにも、鮃(ひらめ)や河豚など季節の魚の刺身や、生の真牡蠣を北海道尾札部産の天然真昆布にのせて陶板焼きにしたもの。あるいは懐かしのクジラベーコンなど、アテは様々揃うので、好みと気分で酒と肴を組み合わせればよい。力のある酒ほど、肴を選ばないともいえるのだ。

「『十四代』の凄いところは、23年間、毎年少しずつ造りに磨きをかけ、味を進化させながら、常に地酒のトップを走っているということ。その真髄を、ぜひ飲んで確かめてほしいですね」(宣さん)

稀少な酒と崇めずに、融通無碍に『十四代』を楽しめば、旨酒に隠された味の“背骨”が見えてくる。

【GORI】
東京都新宿区新宿1-17-11大洋ビル1階 
電話:03・3353・1294
営業時間:18時~22時30分 
定休日:土曜、日曜、祝日
東京メトロ丸ノ内線新宿御苑前駅3番出口から、徒歩約2分。繁華街から少し入った路地にある。

■2:而今(じこん)
――果実のようなはじける甘さと美しき酸

冷蔵庫にずらりと並ぶ『而今』の酒瓶。この酒に惚れ込み、国内で最も『而今』を揃えると自負する店が『稲水器あまてらす』である。

店主の古賀哲郎さん(34歳)は、東京・大塚にある老舗銘酒居酒屋『串駒』で修業中に、『而今』を醸す木屋正酒造6代目の大西唯克さんと意気投合。その付き合いは、『而今』誕生の平成16年からという。

「酒には作り手自身が反映されると思います。知的で理路整然、進歩的だが少々気難しい(笑)。『而今』にはダイナミックな甘さとそれを支える酸、計算された繊細な苦みと渋みがあります」(古賀さん)

稲水器 あまてらす(東京・池袋)店主の古賀さんとお薦めの『而今』純米吟醸3本(左から吉川山田錦、雄町火入れ、愛山火入れ)。而今とは、過去にも未来にも囚とらわれず、今を生きよという意味。

さらに、大西さんは米の特徴を引き出すのが上手だと、古賀さんは続ける。その言葉を裏付けるように、店には産地が異なる山田錦や、雄町、愛山など様々な酒米で仕込んだ『而今』が揃う。

店の冷蔵庫に並ぶ『而今』の数々。時期により扱う酒の種類は異なる。「この酒は毎年毎年、進化し続けているんです」と古賀さん。

料理は、三重の山々に囲まれて立つ酒蔵の環境に合わせて、茸や鮎などの山の幸に加え、果実のような甘さと調和する果物を使うともいう。花のようなふくよかな旨みを持つ酒が、滋味豊かな料理と出会い、至福の時をもたらしてくれる。

手前から「子持ち鮎の山椒煮」980円。「お造り」2200円、右上から時計回りにクロムツ、鮃、鯛(松皮造りと刺身)、真ハタ、カンパチ、イシガレイ。「玉子豆腐のきのこあんかけ」680円。酒は兵庫県の東条山田錦で醸した純米吟醸。90ml 650円~。

【稲水器あまてらす】
東京都豊島区東池袋2-62-11
電話:03・6912・9191
営業時間:18時~24時
定休日:不定
要予約。カード不可。
アクセス:JR、東武鉄道、西武鉄道、東京メトロ丸ノ内線・有楽町線・副都心線池袋駅東口から徒歩約7分。

【次ページに続きます】

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