居酒屋でいろいろな酒を飲んで試し、酒の味の“背骨”が見えてきたら、人口に膾炙していない隠れた逸品酒をも見つけ出せるはず。好みの酒を手に入れて、自宅で味わうために、まずは酒屋の門をくぐろう。
酒屋で旨い酒を買いたいなら、次の三か条を心得ておきたい。
●その壱 行きつけの酒屋をつくるべし
●その弐 出会いを求めるなら足繁く通うべし
●その参 稀少酒ばかり追い求めることなかれ
酒屋で自分好みの酒を首尾よく見つけて購入できたら、あとは自分の城へ帰ってじっくり楽しむだけだ。
それでは、実力蔵から気鋭蔵まで筋の通った酒を揃える、行きつけにしたい3軒の酒販店を紹介しよう。
■1:小山商店(東京・多摩市)
――新しき銘酒を見出い だし続ける地酒の“聖地”
小山商店は酒も扱う地元の万屋(だから今も地元の名産食品、酒肴、駄菓子なども店内で商っている)として大正3年に創業した。
3代目の小山喜八さんが現在のように、全国の銘酒を集めるようになったのは40数年前、26歳の頃からだという。
「日本名門酒会という集まりで、酒の勉強、というより酒の味を覚えていったんですね」
やがて地酒ブームがやって来た。当時は新潟の淡麗辛口の酒が大流行、人気が集中していた。
「ところが売れている酒は蔵が卸してくれないのです。そこで蔵通いを始めました。3~4年間は、それでも少数しか卸してもらえなかったですね。不遜かもしれませんが、よしそれなら、旨い酒を造る蔵を育てようと考えたのです」
小売店が蔵元に積極的に働きかけることで、酒に指針を与え、必ず旨い酒、売れる酒が造れるという信念を持ってことに臨んだ。

店内に掲げられた銘酒札は小山さんが筆で書いてきた。貫禄のある古い札を見ると、ここ40年間の日本酒の傾向の変化が窺うかがえ、興味深い。
小山さんの理想とするのは「華」がある酒。含み香があり、力を感じさせる酒。酒に「色気」がないといけないという。
「蔵元は案外のんびりしているのです。だから蔵元の尻を叩くのも小売店の仕事だと思っています」
そんな小山商店は常時400銘柄を超える日本酒を置いている。ストックは約1万本。付き合いのある蔵は約200蔵。保管も完璧で店内には7台の冷蔵庫を設置し、酒を生きものとして扱うよう徹底する。

店内には大中小あわせて7台の冷蔵庫が稼働する。小山さんは店の酒庫を「酒甦蔵(さけよみがえるくら)」と名付け、日本酒の保管、管理を徹底する。

日本酒には生酒、無濾過酒、火入れ酒など様々な製法があり、それぞれ最適な温度で保管する。マイナス5度という低温の酒庫もある。
ここではネット注文による宅配も行なっているが、圧倒的に多いのが直接店に買いに来る客だ。
「やはりありがたいのは直接買いに来てくれるお客です。顔見知りになるのがお客と小売店の関係の基本になりますから」
小売店として辛いのは稀少な人気酒を正価で売ろうとすると、抽選販売にせざるを得ないこと。
「抽選用紙をひとりに1枚配るのですが、変装をして何枚も入手しようとする人がいるんです。熱心もそこまでくると首を傾げます」
日本酒の傾向は5年で変わると小山さんは力説する。その傾向をいち早く知り、旨い酒を入手するためには、単純だが品揃えのいい酒屋に通い、常に冷蔵庫を見ることだ。入手しづらい稀少酒以外にもおいしい酒を造る蔵はまだまだあると小山さんはいう。おやっと思う酒を見つけたら、店にその蔵元について尋ねてみる。こうして酒屋と馴染めばいいのである。

小山さんが今推す3本。右より『金雀山田錦純米吟醸』1.8L 3000円、『花邑 雄町純米吟醸』1.8L 3094円、『流輝山田錦純米吟醸無濾過生』1.8L 2650円。この3本の他、店内には限定商品の日本酒なども多くある。一度は訪れてみたい宝庫だ。
【小山商店】
東京都多摩市関戸5-15-17
電話:042・375・7026
営業時間:9時~20時(日曜・祝日10時~19時)
定休日:第3日曜
アクセス:京王線聖蹟桜ヶ丘駅より徒歩約15分。駅から車で約5分。休日は駐車場満車に要注意。
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■2:地酒専門店 鈴傳(東京・四谷)
――都心で種々の銘酒を選べる貴重な店
鈴傳の創業は嘉永3年(1850)。黒船来航より3年早い。
主人の磯野真也さん(60歳)によれば、先代がヨーロッパ視察に行った折、ワインの品質管理の厳重さを知り、これを日本酒にも応用すべしと、冷蔵酒庫をいち早く導入したのだという。これが40年前のこと。
「ここ数年は日本酒の好みの多様化が目立ちます。これまで日本酒は人気銘柄が出ると、注文が集中しましたが、今はいろいろな銘柄が売れています。酒屋としては仕入れる銘柄数が増える一方です」と磯野さん。
現在、店には570種ほどの銘柄が用意され、日本酒の味の幅広さを消費者に伝えている。

1階店舗の冷蔵庫の他に地下に冷蔵酒庫が3室ある。客が地下の酒庫に行くことも可能。東京の酒屋らしく関東、東北の酒が充実している。
鈴傳といえば立ち飲みの草分けとしても知られる。いわゆる「角打ち」である。江戸末期の創業時から店先で酒を飲ませていた。
夕刻ともなると次々と店に客が集まり、すぐに立ち飲み処は満席となる。売り場で酒ケースにお盆を置いて一献傾ける人もいる。

立ち飲み処。日本酒は20種類前後用意され、不定期に入れ替えがある。コップ
1杯400円より。酒肴は380円より。店の酒が全種類ここで飲めるわけではない。現金引き換え制。
「この立ち飲み処は鈴傳のアンテナです。ここで日本酒を紹介し、かつお客の好みを探ります」と磯野さん。店の冷蔵庫から運ばれる酒は新鮮で活きがいい。

磯野さんが今推す3本。右より『伯楽星 純米吟醸 冷卸』1.8L 2770円、『加茂錦 荷札酒純米大吟醸生詰原酒』1.8L 2980円、『新政2015瑠璃(ラピスラズリ) 生純米』720ml 1574円。酒造りが始まると、各地から初搾りが入荷する。有名銘柄にこだわらない、味本意の酒選びを心がける。
【地酒専門店 鈴傳】
東京都新宿区四谷1-10-1
電話:03・3351・1777
営業時間:9時~21時(土曜〜18時)
定休日:日曜、祝日、第3土曜(11月、12月は土曜営業)
※立ち飲み処の営業時間:17時~21時 定休日:土曜、日曜、祝日
アクセス:JR四ツ谷駅から徒歩約3分。東京メトロ丸ノ内線、南北線四ツ谷駅赤坂口より徒歩約2分
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■3:山中酒の店(大阪市浪速区)
――西の“ご意見番”が思いを込める名酒屋
山中酒の店は、大阪市浪速区の住宅地にある。JR今宮駅からも地下鉄大国町駅からも、やや距離がある。決して立地のよい場所ではない。しかし、関西の日本酒党がこぞって推薦し、全国の蔵元から注目を浴びている酒屋なのだ。
「私が考える良い酒は、料理に寄り添う酒です。食中酒として、食事をより楽しくしてくれる酒が好きです」と語る主人の山中基康さん(73歳)は、ほんのりした甘みと柔らかな味わいが料理の味を引き立てるという。吟醸酒など、普通は冷やして飲む酒も、料理によっては燗酒にして飲むことを勧めている。

山中基康さん。この日の試飲は大阪府北部の能勢の『秋鹿朴』。「やはり関西から西の蔵を応援しています。日本酒は蔵元の人柄が味に反映されますね」という。
この店で特筆すべきは試飲システムだ。2階の冷蔵庫内の約100銘柄の酒が無料で試飲できる。有料試飲は1000円で酒肴が3品と4種類の日本酒を味わうことができる。

有料試飲セット1000円。酒肴、酒はおまかせだが、燗酒が必ず入る。写真の酒肴は鮎の甘露煮(前)、帆立煮(後ろ右)、自家製からすみ(後ろ左)。主人の山中さんが自ら包丁を握って酒肴を作って振る舞う。
「料理と酒を一緒に試してもらいたいのです。時折、買った酒を家庭で飲んで、何か味が違うという人がいます。それは酒だけ飲んで食事を考えていないからです」
現在、山中さんは直営飲食店を7店舗営業。酒にも料理にも詳しい店員が揃い、ここから若い世代の日本酒通が広がっている。

3階の酒庫。温度別に3室ある。山中酒の店は2階が試飲室、3階が酒庫兼商品売り場、4階が飲酒店『佳酒真楽らくやまなか』という構成。
【山中酒の店】
大阪市浪速区津西1-10-19
電話:06・6631・3959
営業時間:10時~19時(土曜・祝日~18時)
定休日:日曜
※4階の『佳酒真楽やまなか』は電話:06・6635・3651、営業時間:17時~22時(最終注文21時)、定休日:日曜、祝日
アクセス:大阪環状線芦原橋駅から徒歩約6分。関西本線、大阪環状線今宮駅、地下鉄大国町駅からは約7分。
※この記事は『サライ』本誌2017年1月号より転載しました(取材・文/北吉洋一 撮影/高橋昌嗣〔小山商店、鈴傳〕小林禎弘〔山中酒の店〕)。年齢・肩書き等の情報は取材時のものです。
