■なぜ自然派であることが必要なのか?
果物も野菜も雨の多い日本では、味の凝縮感やインパクトではなくみずみずしく繊細なものが多かった。確信は、深まっていった。曽我さんの美質のひとつは、いわゆるマニュアルや常識とされていることに、常に疑問符を投げかけることだろう。
「例えば、自然派ワインといわれるものがあります。そういうカテゴライズのワインが素晴らしいと、無条件に感じて取り組む生産者もいる。でも自分は、なぜ自然派であることが必要なのか、と考えた。そもそも、自然とは何なのか。それなら栽培も、まったく手をかけなければいいのか。自然が大切なら、日本の野生品種である山ぶどうを使えばいいのか。
ココ・ファーム時代には、実験的に1haほどビオディナミも試しました。ワインにテロワールを表現するためには、ビオ的アプローチが欠かせないのはまぎれもない事実です。でも、ヨーロッパで主流になっているビオディナミが、日本の風土に必ずしも合っているとは思えなかった。ビオディナミはシュタイナーが農業的感性を学ばせるために築いた理論なのだと思います。でも、日本人はそもそもアニミズムの思想を持つ農耕民族です。もともとそういう感性はもちあわせているから、必ずしもビオディナミを取り入れる必要もないと感じました」
まず疑問を立て、自ら考察する。その結果、仮説を組み立てる。そうして生まれた自説がどのようなものであるのか。それを客観的に捉えるために、本を読む。しかし最初から本などで情報を得ると、先入観を得てしまうので避けたいのだという。
■たどり着いた「全房発酵」という方法
そうしてたどり着いたのが、曽我さんの現在のワイン造りである。畑は、ビオロジックで栽培する。醸造は、ぶどうを房ごと仕込む全房発酵という方法を取る。生産者のなかには梗や茎の部分を取り除き、ぶどうの粒だけを選り分けて仕込む、除梗というやり方をする人もいる。
全房発酵は伝統的な醸造法であり、むしろ除梗のほうが現在は主流だ。醸造時の温度変化が緩やかな全房発酵は、ワインに複雑な風味や艶やかな舌触りを与える。そのうえ果梗のタンニンが加わるので、味わいの構成力がしっかりすると言われる。
しかし、難もある。ぶどうの種や茎まできちんと生理的熟成をしないと、青っぽい風味がワインに出てしまうのだ。
「ぶどうに限らず、果物が熟す目安として積算温度がよく語られます。積算温度というのは4月からぶどう収穫日までの平均気温を足し続けていった数字です。ぶどうの香り、味わい、熟し方にはこの積算温度が大事になる。余市はその積算温度が約1200で、アルザスやシャンパーニュ、ブルゴーニュと同じくらいです。余市は北海道という涼しい地でありながら、酸を残したままぶどうを充分に熟すことができる。だから除梗せずに、全房でワインが仕込むことができるんです」
収穫後、雪が降る前にすぐにぶどうの枝の剪定が始まる余市の農家にとっては、1か月以上ゆっくり発酵できて、プレス(ぶどうの圧搾)を遅らせて剪定に集中できる全房発酵は、理想的でもあった。
「全房発酵は、個体の層と液体の層ができるので人間の大腸のように多種の微生物が共生する環境になります。それも健全なワインを造るのに大切なことです。そもそも僕はぶどう栽培を大事にする農家です。農家である限り、剪定という農作業を誰か他人に任せて、除梗(じょこう)や醸造作業をやることはしたくないですしね」
発酵について語る言葉も、個性的だ。醸造の段階でワインが酸化することにより出るアルデヒド香、反対にあまりに還元的になることで出る還元臭は、どちらもワインにとっては好ましくない。それら微生物が生成する好ましくない香りを曽我さんは「微生物の苦しみ香(こう)」と呼ぶ。「微生物が心地よい環境で働くことができないと、そういった香りが出てしまう。微生物が、苦しんでいるんです。醸造のときは微生物の気持ちにならないといけない。しかも繊細なワインほど、苦しみ香が出やすいんです。僕はSO2(亜硫酸)がきらいなわけではない。 でもSO2を入れてしまうと、酵母が苦しみ香を発生させるんです。それは農薬がかかったぶどうも同じです」
まるで、ぶどうや微生物と会話しているかの如く。その醸造の際に使う新樽の比率は、現在は2%ほど。40~50樽使ううち1樽のみだ。以前は7%使った頃もあったが、少しずつ減りつつある。
「自分にとって新樽は、ワインに薬味や立体感を与えるイメージです。でも繊細な自分のワインには使い方が難しくて、近年は減ってきています」
2015年のヴィンテージは初めてSO2無添加にも挑戦した。もちろんそれまでも「おまじない程度に、瓶詰め前に入れる」程度だった。SO2無添加へと舵を切った理由を、こう語る。
「僕のワイン造りのテーマに、熟成をどのように考えるか、というのがありました。それこそフランスでは20年、30年熟成できるワインを造る。そのためにはたとえ少量でもSO2を入れる必要があります。でもSO2は、繊細な日本のワインにはやはり馴染みにくい。それで僕は、自分のワインの熟成は10年ほどを目安にした。長熟ワインは世界にたくさんあるし、10年というその儚さもまた日本的でいいかな、と。そのうえで日本の魅力である四季、つまりは春夏秋冬をボトルのなかに表現したいんです」
ワインによっては始めの2~3年は美味しくとも、5年ほどするとかなりコンディションが落ちてしまうものもある。曽我さんの言葉でいえば、春から一気に冬になってしまう。しかし10年のなかで春は明るく果物のニュアンスに富み、夏は果実感と熟成感のバランスよく、秋になれば腐葉土やきのこの香りが出て、冬になるとより枯れた、どこか醤油を思わせるものになる。熟成するなかで2~3年ごとに味わいの四季が移りゆく。曽我さんのワインの10年とは、そんなイメージである。
「秋はフランスではさみしい季節というけれど、日本は実りの時期ですよね。果物やキノコが収穫できて、森には美しい紅葉があり、腐葉土の香りも漂っている。自分としては、できれば冬になる前のこの秋の段階までに飲んでほしい。でも好みはそれぞれですから、どの四季にワインを開けるかは、飲み手が選べばいいと思います」
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