沖縄の冬を代表する伝統作物、田芋の畑。隣には、水田が広がっています。

取材・文/鳥居美砂(那覇在住)

常夏のように思われがちな沖縄にも四季があります。10月過ぎ頃にミーニシと呼ばれる北風が吹くと秋が訪れ、季節はすぐに冬となります。しかし、そこは南国。冬といっても平均気温は17度ほどで、実は観光するには最適なシーズンです。沖縄を巡るなら、日差しの厳しい夏よりも、冬のほうがオススメなのです。

好奇心の赴くままに、ゆっくり、じっくり沖縄を巡って自然や文化に触れるのが、サライ世代ならではの大人な沖縄旅スタイル。たとえば冬に沖縄へ行くのであれば、食文化にテーマをしぼって、この季節に味わいたい旬の味覚を訪ねるのもよいでしょう。

そこで今回は、沖縄在住の筆者が選りすぐった「冬の沖縄の味覚」を3つご紹介します。どれも伝統に裏付けられた“ぬちぐすい(命の薬)”になる琉球料理です。

季節の島野菜を使った旬の味覚を味わいに、冬の沖縄を訪ねてみませんか?

■1:田芋料理――沖縄の冬の行事に欠かせない伝統料理

長きにわたり、沖縄で食されてきた地域固有の野菜を「伝統的農作物」といいます。別名「島野菜」とも呼ばれ、現在、28種類が指定されています。

これらの島野菜の中でも、沖縄の行事料理に欠かせないのが「田芋(ターンム)」です。

田芋は生のままでは赤く変色して傷みやすいため、収穫後に蒸してから出荷します。市場には、この蒸した状態のものが流通しています。

田芋は水田で栽培される里芋の一種。水田の中で子芋を次々と増やすことから、子孫繁栄をもたらす縁起物として、とくに正月にはなくてはならない食材です。

主な収穫時期は12月~4月頃。生産地は沖縄本島中部の宜野湾市大山地区と、東部に位置するここ金武(きん)町です。金武は古くから湧き水の豊富な地で、沖縄では珍しい水田とともに田芋畑が広がっています。

里芋と同じような葉をつける田芋。金城の田芋畑にて。

田芋は地中の芋の部分だけでなく、「ムジ」と呼ばれるその茎も利用します。里芋の芋茎(ずいき)と同じです。

伝統的な琉球料理に使われる田芋の茎の部分「ムジ」。

田芋を使う代表的な沖縄料理としては、田芋とムジに豚肉、椎茸、かまぼこなどの具材を加えて練った「ドゥルワカシー」、ムジと田芋に豚肉、豆腐を入れた味噌汁「ムジ汁」、潰した田芋に砂糖を加えて作る「田芋田楽」、醤油と砂糖を煮詰めて素揚げした田芋をからめる「田芋のから揚げ」などがあります。いずれも、琉球王朝時代から親しまれてきた伝統ある料理です。

「ドゥルワカシー」

「田芋の田楽」

ドゥルワカシーをタネにして油で揚げたものは「ドゥル天」と呼ばれる新しい料理ですが、今ではすっかり沖縄の居酒屋の定番料理になっています。

そんな田芋を使った多彩な料理を一度に味わうことができるのが、金武町の海を眺めながら食事を楽しめる『カフェレストラン 長楽』です。

『カフェレストラン 長楽』の店内。窓の外には明るい沖縄の海が広がります。海を眺めながら、ゆっくり食事を楽しめます。

店主の豊川あさみさんと、統括シェフを務める善規(よしき)さん親子。善規さんはイギリスでの料理修業経験があり、厨房でその腕を振るっています。

『カフェレストラン 長楽』の「田いも膳」は、田芋を使った代表的な料理を揃って味わえます。ムジ汁は鰹・豚肉・昆布の出汁をいずれかの味が突出しないよう、バランスよく合わせるといいます。具はムジ、田芋、厚揚げ、豚肉。ほかに前出の、どぅる天、田芋のから揚げ、ドゥルワカシーといった田芋料理のほか、田楽ムジの酢味噌和え、ムジの肉巻きも並びます。

むじ汁(中央)、どぅる天(手前の皿の左)、田芋のから揚げ(手前の皿の右)、ドゥルワカシー(写真右)、田楽(むじ汁の左)など代表的な田芋料理がまとめて味わえる「田いも膳」(1700円)。

「わたしの実家は、泡盛の蔵元の『金武酒造』です。泡盛の商売では、地元の方に大変お世話になりました。その恩返しではないのですが、金武の特産品である田芋をもっと多くの人に知ってもらい、食べてもらいたいとレストランを開いたのです。

数年前からは田芋を使ったチーズケーキやパイなどのスイーツも手がけ、現在は地元と那覇市の新都心に田芋工房をオープンしました。それにより、より多くの田芋が必要になり、田芋農家さんたちに栽培に力を入れてもらえるようになりました。これからも、田芋畑が広がるこの金武の原風景を残していきたいのです」(店主・豊川あさみさん)

「田いもチーズケーキ」1カット300円。まろやかなチーズケーキに、田芋の風味が相まって美味です。

【カフェレストラン 長楽】
住所/沖縄県金武町金武4348−15
電話/098-968-7666
営業時間/11時~16時
定休日/火曜
http://www.interlink-okinawa.com/kinta/chouraku.html

【田芋工房 きん田金武店】
住所/沖縄県金武町金武414
電話番号/098-968-4330
営業時間/要問い合わせ
年中無休
http://www.interlink-okinawa.com/kinta/kinta.html

【田芋工房 きん田新都心店】
住所/沖縄県那覇市天久1−28−31
電話番号/098-963-9477
営業時間/10:30〜19:30
年中無休
http://www.interlink-okinawa.com/kinta/kinta-shintoshin.html

■2:むじぬ汁――首里の伝統を今に伝える田芋の味噌汁

朱塗りの正殿を優美な石垣が取り囲む首里城は、琉球王朝の雅(みやび)を今に伝える世界遺産です。首里は王朝時代の古都であり、食文化の分野でも伝統が受け継がれています。

首里のメインストリート、龍譚(りゅうたん)通り沿いにあったかつての沖縄県立博物館の脇を入った小径に、一軒の琉球料理店があります。それが、首里の味を40年近く守り続ける『富久屋』です。

路地の奥まった先にある『富久屋』

こちらのお店が、首里に伝わる食文化とともにかたくなに守り抜いているのが沖縄の言葉、ウチナーグチです。献立はすべてウチナーグチで書かれています。店主の富名腰(ふなこし)久雄さんはその理由をこう話します。

「言葉が違うと、料理法も変わってしまうからです。例えば、素麺(そーみん)を炒めた料理は『素麺チャンプルー』ではなくて『そーみんたしやー』です。チャンプルーは豆腐を入れて炒める調理法ですので、素麺チャンプルーとすると豆腐も入っていることになります。。味の良し悪しの前に、まずきちんとした言葉を使わないと、料理そのものが違ってきてしまいますからね」

例えば富久屋のメニューには、前述した田芋の茎「ムジ」を使った汁物は「むじぬ汁」と書かれています。「むじの汁」と正確に記しているのです。これは富名腰さんの説明によると、ターンム(田芋)のずいきであるムジ、んむぐゎ(子芋)に、豆腐と豚肉を入れた味噌仕立ての汁物です。

やわらかい中にシャキシャキした歯触りがあるムジと、田芋が溶け出し、とろみのある濃厚な汁が他に類を見ない美味しさです。

「むじぬ汁」、単品は700円。5品程度の小鉢と黒米のごはんが付いた定食もあります。

さらに、この料理にまつわる首里の歴史も教えてくれました。

「首里は湧き水に恵まれ、戦前は水田とともにターンム畑が広がっていたのです。生命力の強いターンムは子孫繁栄の願いを込めて、出産祝いの料理に使われました。

私が生まれた首里崎山町は赤田、鳥堀とともに王朝時代、唯一泡盛造りを許された「首里三箇(さんか)」と呼ばれた集落で、古くからの慣習や強い共同体意識が残っていました。この地域では1960年代まではその家に子どもが生まれると、むじぬ汁が振舞われたものです」(富名腰さん)

田芋は宜野湾市の大山産。出汁は鰹節で取り、味噌は赤味噌を使うといいます。店では具の中に豚肉を入れずに、最後に三枚肉をのせています。観光地である首里には、世界各国からさまざまな観光客が訪れます。ベジタリアンの人も少なくなく、あらかじめ汁の具に豚肉を入れてしまうと食べられないのと、反対に美味しい豚肉をもっと味わいたいという人にも満足してもらうために、この形になったそうです。

路地の奥に佇む一軒家は、地元客も観光客をもやさしく迎えてくれます。沖縄の木材を多用した店内も、しっとりした趣があります。

【富久屋】
住所/沖縄県那覇市首里当蔵町1−14
電話/098-884-4201
営業時間/11:30〜15:00(L.O.14:30)
     18:00〜22:00(L.O.21:00)
定休日/火曜

■3:チムシンジ――滋養豊かな黄色いニンジンと豚肝の煎じもの

島野菜のひとつに数えられる「島ニンジン」は、沖縄の言葉では黄色い大根を意味する「チデークニ」と呼ばれています。一般的なオレンジ色の人参に比べて、繊維はやわらかく、爽やかな香りが特長です。カロテンやペクチンが豊富に含まれ、薬効効果もあると考えられています。

出回るのは11月上旬から2月末頃までで、3月に入ると芯の部分が硬くなってきます。

細長くて黄色い「島ニンジン」は、秋から冬が旬の島野菜。

この島ニンジンを豚の肝であるレバー(チム)と煮込んだ「チムシンジ」は体力の落ちたときの滋養食として昔から食べられてきました。今でも、お年寄りのいる家庭では作られますが、この料理を献立に載せている料理店はまずありません。

そんな「チムシンジ」を食べられる数少ない店が、那覇市の栄町市場内にある『万富(まんぷ)』です。カウンターだけの小さな店ですが、沖縄伝統の汁物が味わえる希少な料理店です。

市場内にある『万富』

店先には「むじ汁専門店」の幟(のぼり)が立っていますが、ムジをはじめ、豚肉の肝やてぃびち(豚足)、そして牛肉を使った4種類の沖縄伝統の汁物を出す店です。

『万富』の「肝(チム)しんじ汁定食」700円。島ニンジンのない季節は、黄人参で代用。ニガナ、ハンダマなどの島野菜も入ります。人参を炒めて卵でとじた人参シリシリ、モーウイ(赤瓜)、ナーベーラー(へちま)などの季節の島野菜の小鉢付き。

店主の上原慶子さんは、知っている人が手がけた食材だけを使って、バランスのよい健康的な料理を心がけているといいます。

店主の上原慶子さん。県が主催する講座で、薬膳料理や沖縄の薬草について1年間学んだといいます。

「安全で安心できる食材で、料理を作りたいのです。親戚に“ドクターハルサー(ハルサーは農家の意味)”と呼ばれるお医者さんがいて、自ら野菜を栽培しています。島ニンジンなどの野菜はここのものを、牛肉は親戚の今帰仁の生産者から、そして豚肉は県産豚を扱う信用できる肉屋さんのものを使っています。牛肉は品評会で受賞して人気が出て、品薄になったためうちに入ってこず、今は『牛汁』をお出しできません。顔が見えない人の食材は使いたくないのです」(上原さん)

上原さんの健康意識や料理にかける取り組みは、「那覇市健康づくり協力店」や沖縄県の地産地消を推める「おきなわ食材の店」の認証を受けていることでもよくわかります。

「チムシンジは煎じもののことで、本来は豚レバーと島ニンジンを煮出して、そのエキスを少量飲みます。料理として食べる場合は、味噌汁仕立てにして、具と汁を一緒に味わうのです」(上原さん)

先ほど上原さんが話した「牛汁」にも、島ニンジンを使います。牛肉の再入荷する日が楽しみです。

【万富】
住所/沖縄県那覇市安里379(栄町市場内)
電話/098-887-4658
営業時間/11:30~19:00
定休日/日曜
http://www.sakaemachi-ichiba.net/shop21.html

■冬の沖縄で“ぬちぐすい(命の薬)”を味わう

ところで、ひと口に沖縄料理といっても、伝統的な琉球料理と、アメリカ統治時代の影響を受けた料理があるのをご存知ですか。チャンプルーにポークランチョンミート(通称ポーク)を使うようになったのは、戦後です。

上でご紹介した、田芋とムジを使った「ドゥルワカシー」や「むじぬ汁」は、琉球料理の代表格です。見た目は地味かもしれませんが、旨味が凝縮した味わいで、滋養にも富んでいます。

先人の知恵が活かされた「チムシンジ」も、琉球料理の調理法のひとつである煎じものです。この豚の肝のほか、フナや鯉、イラブー(海ヘビ)、いか墨などを使ったシンジムンもあります。

いか墨を使った「いかすみ汁」もシンジムン(煎じもの)の一種。

沖縄の食文化を守り伝える料理研究家で、松本料理学院の学院長、松本嘉代子さんはこう言われます。

「琉球料理の本髄は、『ぬちぐすい』にあります。食べ物や料理が“命の薬”になるのです。沖縄が長寿の島といわれていたのは、季節ごとのたっぷりの野菜と茹でて脂を落とした豚肉、豆腐などを使い、栄養バランスのよい昔ながらの料理を食べていたからです。今一度、長寿を支えてきた琉球料理を見直してほしいと切に願います」

琉球料理を少しでも多くの人に教え、次の世代に引き継いでもらいたいという松本嘉代子さん。

もちろん沖縄の冬ならではの味覚は他にもたくさんあります。松本料理学院の琉球料理コースでの料理から、ご紹介しましょう。

例えば冬至に食べる「トゥンジージューシー」は、里芋や田芋を使った炊き込みご飯です。

「トゥンジージューシー」

沖縄の正月に欠かせない汁物としては、「ソーキ骨のお汁」「中身の吸い物」「イナムドゥチ」が挙げられます。この中から、家ごとにどれかひとつを作ります。

「ソーキ骨」は豚のあばら骨のこと。島ダイコンと結び昆布が入ります。

「中身の吸い物」には、豚の内臓を丁寧に下ごしらえしてから使います。澄んだ汁が祝いの席にふさわしい料理の証です。

「イナムドゥチ」は猪もどきの意味。豚肉、椎茸、カステラかまぼこ、こんにゃくを使った具沢山の白味噌仕立ての汁物。

ご紹介した料理は、沖縄の他の料理店などでも味わえます。メニューで見かけた際には、ぜひ味わってください。

※取材協力/松本嘉代子(まつもと・かよこ)  
松本料理学院学院長。沖縄の食文化、琉球料理の保存・普及・継承に向けての県の検討会委員を務める。新聞、テレビ、講演会などでも活躍。『沖縄の行事料理』『おきなわの味』など著書多数。 松本料理学院のサイトはこちら

*  *  *

以上、今回は沖縄の冬の伝統の味覚と、それらを味わえる地元の料理を紹介しました。その背景には、歴史に彩られた沖縄の豊かな食文化が存在し、店ごとにも沖縄文化への熱い思いや、健康を意識した取り組みがありました。

沖縄の食文化を巡る旅は奥が深いものです。この時期にこそ味わいたい滋味深い旬の味覚を求めて、冬の沖縄への旅を計画してみてはいかがでしょうか。

取材・文/鳥居美砂
写真/島袋浩

※まだまだ知られていない旬の沖縄の魅力とその過ごし方を紹介するWebサイト『旬香周島おきなわ』をぜひご覧ください。
↓↓↓
http://cp.okinawastory.jp/

 

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