ビオディナミの考えのもとぶどうを栽培する「ドメーヌ・クリスチャン・ビネール」。その畑は生き生きとし、生命力に満ちている。

取材・文/鳥海美奈子

フランス・アルザス地方のワインは、ビオロジック、またはビオディナミといった有機農法の生産者が多いのが特徴です。

アルザスは大西洋から吹きつける湿った偏西風が、ヴォージュ山脈で遮られるため、非常に乾いた気候となります。ヴォージュ山脈の山頂での年間降水量が2000mmなのに対して、アルザスはわずか550mm。晴天は年間300日にも上ります。そんな夏暑く冬寒い大陸性気候の乾いた環境は、ぶどうがカビや伝染病などの病気にかかりづらく、自然栽培にとても向いているのです。

そんなアルザスは、ドイツとフランスの国境に位置しています。ビオディナミは、オーストリアのルドルフ・シュタイナーにより提唱された農業論をベースにしていますが、フランスのなかでもアルザスは地理的にオーストリアに近く、文化面でも馴染みが深いことを理由に挙げる人もいます。

ビオディナミの認証機関であるデメテールの事務所が、アルザスワインの中心地・コルマールにあるのも、象徴的な出来事といえるでしょう。

そのような環境から、1980年代初頭にはいち早くピエール・フリック、その後はブルーノ・シュレール、マルセル・ダイス、パトリック・メイエ、マルク・テンペなど多くの生産者が、ビオディナミを採用しました。現在は、そういった先駆者に学ぶ形で若手の生産者もあとに続きます。

そんなアルザスのビオディナミの先駆者のひとり、ドメーヌ・クリスチャン・ビネールの当主クリスチャン氏の来日にあわせ、そのワインの魅力について伺いました。

現在の当主クリスチャンさん。畑は11ha。家族だけで運営する小さなドメーヌだ。

ビネール家は1770年から続く歴史あるドメーヌです。クリスチャンの父親の時代は誰もが農薬や除草剤を使用するのが当たり前でしたが、彼の父親はそれらをいっさい断り、ビオの畑を守り続けてきました。

南北200kmにわたるアルザス地方の土壌は決して一様ではなく、モザイク状に異なります。アルザスには7つの品種が栽培されていますが、たとえば同じリースリングでも、土壌により味わいが違ってくるのです。

「一般的にリースリングは酸、シルヴァネールは軽さ、ゲヴュルツトラミネールはアロマといったイメージがあります。でもそれは、あくまでぶどう品種の特徴です。

ビオディナミで栽培すると、ぶどう品種の個性ではなく、その土壌や風土を表すことができるようになります。ビオディナミによって健全に育ったぶどうの木は、根が地中深くにまでたどり着くので、テロワールを表現できるのです。

僕自身は、アルザスの土壌の多様性を映したワインを造りたいと思っています。そのため私たちのワインのエチケットは、品種名を小さめに書き、裏ラベルにしっかりとテロワールを記載しているのが特徴です」(クリスチャン氏)

様々な生物が棲み、多様性のある畑の土は空気を含んで柔らかく、芳香に満ちている。

醸造についてもテクニックに頼らず、ナチュラルな手法を貫いています。2015年には新しい醸造所が完成、より良い環境でワインを造れるようになりました。

その醸造所は自然のエネルギーを取り込むことができる風通しのいい設計で、「天然酵母が入ってきやすく、その反対に悪いエネルギーは風とともに出て行けるようになっている」(クリスチャン氏)のだそうです。

使用した木々は、ビネール家の近くの森から切り出したもの。その木を切るときも、月や星の運行に則ったビオディナミカレンダーを見て、ベストな日を選んでおこないました。建築に用いる際も、木の上下が森のなかに生息していた時と同じになるよう配慮しています。

また醸造所の建物全体が丸みを帯びていますが、これは自然界には直線で角ばったものは存在しないことから発想を得たデザインで、エネルギーの循環も促します。壁などに使用しているのは地元アルザスの砂岩。素材が岩のため、そのわずかな隙間から建物が呼吸するように風が出入りします。

新しく建築された醸造所。丸みを帯びたデザイン、おもに地元の素材を使って造られている。

さらには屋根にも土を敷き詰め、草を植えて、エアコンのない醸造所内でも日差しによる温度変化が少なくなるよう工夫されています。

その新しい醸造所は以前より広くなったため、ワインを2~3年間熟成させることができるようになりました。長期熟成するとワインも安定するので、現在はよほどワインに問題がない限り、酸化防止剤SO2は使用していません。

そのドメーヌ・クリスチャン・ビネールのワインを試飲してみました。まずは「クレマン・ダルザス2012」から。このクレマンという泡には、リースリングとオーセロワというぶどう品種を使用しています。

「クレマン・ダルザス2012」3400円

ドメーヌのあるアムルシュヴィール村に植えられているのがリースリングです。ここは花崗岩主体ながら黄土、砂岩、石灰、泥灰土も混ざり、多様性に富んだ土壌です。そのため複雑性のある生き生きとしたワインに仕上がります。

またオーセロワは、冷たい西風が吹きぬけるカイザルスベルグの畑のものを使用しています。その西風により強く芯の太い酸を持ったぶどうが育つのが特徴です。

この2種類のワインをブレンドしたあと瓶に詰めて、そこに糖分と酵母を加えて泡を発生させます。通常、その糖分にはリキュールや蔗糖などを使いますが、ビネールで使用するのは自家製のぶどうジュースのみ。それは健全に育った、完熟したぶどうのみに可能な手法です。

さらにはシャンパーニュにも引けを取らない、33か月にもわたる長期熟成をおこないます。その結果、このクレマンは細やかな泡と、蜂蜜や熟した果実味があり、きれいな酸がフィニッシュをきれいにまとめあげています。

『オーセロワ ヒンテルベルグNF13』はオーセロワ100%です。ドメーヌのあるアムルシュヴィール村の南にあるカッツェンタール村、その西に位置するヒンテルベルグという区画のぶどうのみを使います。

ヒンテルベルグとは、「山の裏」との意味。谷の奥で畑が影になりやすく、また日照時間が短いため比較的早熟のオーセロワには向いています。またオーセロワは通常酸の低い品種ですが、この場所で栽培することで酸をしっかりと表現できます。オレンジのニュアンスにややスモーキーな香りがあり、ミネラルと酸に貫かれた、伸びやかな味わいです。

「オーセロワ ヒンテルベルグNF13」3500円

そしてもう1本は、その名のとおり、カッツェンタール村の花崗岩で育ったリースリングを使ったものです。糖度があり、SO2無添加のために、やや発泡しています。熟したぶどう果実由来のふくよかなボリューム感、花崗岩土壌ならではのインパクトの強さがありも、後味を美しい酸と若干の苦味が引き締めて、非常にバランスがいい味わいです。白身の肉、たとえば鶏肉などとあわせても充分対応できます。

「カッツアン・ブル・リースリング」3600円

ナチュラルで、ミネラリーで、スムーズなドメーヌ・クリスチャン・ビネールのワインは、初夏に最適のワインです。ぜひ日々の食卓に合わせてみてください。

【ドメーヌ・クリスチャン・ビネールのワイン取り扱いインポーター】
ディオニー 電話:075-622-0850
※価格はすべて希望小売価格です。

取材・文/鳥海美奈子

 

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