■6軒目:並木藪蕎麦(東京都台東区)
――“かえし”は店の床下で1週間寝かせる

「ざるそば」750円。中央が盛り上がった笊(ざる)は特製で、水切りをよくするための工夫だ。つゆは蕎麦猪口ではなく、蕎麦の先を浸けやすいよう特製の茶碗で供される。

蕎麦つゆは「かえし」と出汁を合わせて作る。出汁は鰹節が主体で、かえしは醤油に砂糖や味醂を加えたものだ。その配合は店によって異なる。また、かえしは寝かせることで、味がまろやかになる。

『並木藪蕎麦』は大正2年(1913)創業。『連雀町藪蕎麦』(現『かんだやぶそば』)の創業者・堀田七兵衛の三男・勝三が、東京・浅草並木町に店を開いたのが始まりだ。

初代・堀田勝三は著書『うどんのぬき湯』に「汁取りの極意」という一文を遺している。

《汁取りの極意は、節、醤油、味醂この三味が渾然と融合して、何の材料で出来たものかわからぬ点まで行かねばならぬものである》

『並木藪蕎麦』のつゆは、初代の作り方をそのまま踏襲している。

3代目当主・堀田浩二さん(52歳)は、次のように語る。

「もり蕎麦に使うつゆを、辛汁(からじる)と呼びます。それぞれの店で蕎麦の特徴に違いはありますから、辛汁も店ごとに個性のあるものになるのです」

『並木藪蕎麦』の辛汁は、東京でいちばん辛いといわれるが、

「“辛い”というよりコクのある“濃い”つゆなんです。初代は蕎麦をつゆへどっぷり浸けるのではなく、ちょっと浸けて蕎麦の香りも味わうことを考え、濃く煮詰めた出汁を考えました」(堀田さん)

土の中へ埋めた甕に「かえし」を寝かせる。辛汁用がふたつ、かけ蕎麦に使う甘汁用がひとつある。ここで1週間ほど寝かせる。

『並木藪蕎麦』では、辛汁用の出汁に、普通の鰹節よりもカビ付けを何度も施して濃厚な出汁が出るように作られた本枯節を使う。

これを毎朝、1時間半ほど煮詰める。鰹節の香りは飛んでしまうが、鰹節の香りが残っていると、蕎麦の香りを邪魔してしまう。

この出汁と「かえし」を合わせて辛汁を作る。「かえし」は予め作っておき、甕に入れて床の下に寝かせておく。その日に取った濃厚な出汁と「かえし」を合わせた辛汁はさらに2日間寝かせる。

【並木藪蕎麦】
東京都台東区雷門2-11-9
電話:03・3841・1340
営業時間:11時~19時30分
定休日:木曜 36席。
アクセス:地下鉄浅草駅A4出口より徒歩約1分。東武スカイツリーライン浅草駅・雷門より徒歩約5分。

浅草の雷門を背に、南へ5分ほど歩いた右手。「藪」の看板を大きく掲げ、暖簾の色は季節により変わる。

■7軒目:美々卯(大阪市中央区)
――目近節の味わいと本節の旨味を合わせる

「ざるそば」860円。『美々卯』では、製粉工場で自家製粉した蕎麦粉を各店の職人が打つ。創業以来の味を守る「そばだし」は醤油、砂糖、味醂のバランスがいい。水がよいので、出汁が効いた「そばだし」になる。

蕎麦つゆは、関東と関西でも、土台になる食文化が違うため、つゆに対する考え方も同じではない。かえしに使う醤油も、濃口(関東)と淡口(関西)の違いがあり、水の種類も硬水(関東)と出汁を取るのに向く軟水 (関西)の違いがある。

大阪に本店を構える『美々卯』は、料理店から始まった。

「うどんすき」で広く知られる同店だが、実はうどんよりも蕎麦のほうが注文は多いという。本店の近くに製粉工場を持ち、すべての支店で使う蕎麦粉を管理している。『美々卯』の蕎麦つゆは、大正14年(1925)創業時からの作り方を守り続ける。同店では、東京でいう辛汁を「そばだし」と呼ぶ。

相談役の薩摩卯一さん(91歳)は、『美々卯』の「そばだし」について、次のように語る。

「大阪の水は軟水なので、出汁の出方が関東とは違います。目近節が主力ですが、本節も使います。目近節には味わいがあり、本節には旨味がある。これを組み合わせるのがそばだしの基本になります」

出汁は粗く削った目近節を煮詰めて最後に本節の削り節を加えて濾すが、香りを飛ばすほどは煮詰めない。そして、火を入れてから寝かしたかえしを合わせると「そばだし」は完成する。すべての支店で作り方は同じという。伝統の礎が、この「そばだし」にある。

【美々卯 本店】
大阪市中央区平野町4-6-18
電話:06・6231・5770
営業時間:11時30分~21時30分(最終注文20時30分)
定休日:日曜、祝日 134席。
アクセス:地下鉄御堂筋線淀屋橋駅より徒歩約7分。四つ橋線本町駅より徒歩約7分。御霊神社の裏手にあたる。

蕎麦以外にも幅広い料理が楽しめる。

*  *  *

以上、各地の「もり蕎麦」がうまい店に、その旨さの秘密を探った。前出の『藪蕎麦宮本』主人の宮本さんはこう語る。

「蕎麦は奥深い世界です。志のある蕎麦職人ならば一枚の旨い『もり蕎麦』のために蕎麦の実を吟味し、製粉や打ち方に工夫をこらし、すべての仕事に全身全霊で打ち込みます。『もり蕎麦』は、その店の顔ともいうべき品書きです」

「もり蕎麦」ほど職人の腕が試される品書きはない。その一枚に店の暖簾の歴史や職人の情熱が封じ込められている。旨い「もり蕎麦」を供する店へ、職人の工夫と技と、蕎麦の旨さを感じに行こう。

※この記事は『サライ』本誌2016年11月号の特集「蕎麦は“もり” に窮まる」より転載しました。肩書き等の情報は取材時のものです。(文・撮影/片山虎之介)

文・撮影/片山虎之介
世界初の蕎麦専門のWebマガジン『蕎麦Web』(http://sobaweb.com/)編集長。蕎麦好きのカメラマンであり、ライター。伝統食文化研究家。著書に『真打ち登場! 霧下蕎麦』『正統の蕎麦屋』『不老長寿の ダッタン蕎麦』(小学館)、『ダッタン蕎麦百科』(柴田書店)、『蕎麦屋の常識・非常識』(朝日新聞出版)などがある。茨城県の茨木町で『そば処 楓の森(かえでのもり)』を運営している。お店のHPは http://kaede-no-mori.com/index.html

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