蕎麦打ちの趣味も、だんだん上達して、腕前がプロの領域に肉薄してくると、その力を発揮する場が欲しくなるのが人情だ。
そういう人が、自宅を店舗として使い、小さな蕎麦屋を開く事例が、このごろ増えている。自宅を使う蕎麦屋なので自宅蕎麦屋と、私は呼んでいる。
岡山に『そば処 やま田』という、一軒の自宅蕎麦屋ができた。
店主の山田さんは、千葉で長いこと仕事をしていた方で、定年後、故郷の岡山に戻り、自宅を改造して蕎麦屋を始めた。
千葉にいる間、ずっと理想の蕎麦屋を頭に描いていて、その通りのことを実行したという。
つまり、自分で栽培した蕎麦を材料に使い、自分で打った蕎麦を供するのだ。蕎麦店を経営しながら、畑で蕎麦を栽培するということは、大変な労力を要する。普通の蕎麦屋さんでは、なかなかできないことだ。
そこが自宅蕎麦屋の強みで、山田さんは、蕎麦の収穫の時期など、栽培の繁忙期は畑仕事に専念するため、店を休みにしてしまう。2週間ぐらいは店を閉めて、「農家」の人になってしまうのだ。
畑仕事が一段落したら、山田さんは再び自宅を解放し、「蕎麦屋」に戻る。
一般の蕎麦店に比べて、優雅といえば優雅だが、農作業は決して楽ではない。友人や家族に手伝ってもらわなければ、ひとりではとてもこなせない作業量がある。