文/柿川鮎子

青く澄みきった秋空を、真っ白いサギが切り開くように飛ぶ姿を見ると、気持ちがふっと軽くなりますよね。刈り入れの終わった田んぼに、ぽつんと一羽のサギというのも、実に絵になる風景です。

サギは漢字で鷺と書き、美しいあるいは清々しいという意味をもつ「さやけし」からつけられた名前だという説が有力です。古くから人の生活の近くにいたため、平家物語で五位の位を賜ったゴイサギのエピソードや、和歌などにも多く詠まれてきました。姫路城には白鷺城という美しい呼び名が付いています。

さて、この白鷺城という名前にもあるように、われわれ日本人は色の白いサギを「シラサギ(白サギ)」と呼んでいます。でも実は、正式な種名としてシラサギという鳥はいません。ダイサギ、チュウサギ、コサギなどの白色のサギの総称としてシラサギと呼んでいるだけです。シラサギという名前の鳥は、いないのです!

どうしてこういうことになったのか、都市鳥研究の第一人者で自然観察大学の学長でもある唐沢孝一先生は、次のように説明します。

「もともと白いサギを総称してシラサギと呼んでいたところ、標準和名を付ける時、大きさによって区別するためにダイサギ、チュウサギ、コサギなどという種名、標準名がつけられました。その結果、シラサギという名のサギはいないことになってしまいました」

都市鳥研究の第一人者で自然観察大学の学長でもある唐沢孝一先生の観察会では先生も参加者にも笑顔があふれています

そもそも鳥の名前は、だれがどうやってつけたのでしょう。唐沢先生によると生物の名前は、江戸時代まではそれぞれの地方でそれぞれの名前で呼ばれていたそうです。

「こうした名前を地方名といいます。これに対して、明治になってから日本国内で鳥の名前を統一しようとしてつけられたのが標準和名と呼ばれる、標準語のようなものでした。とはいえ、特定の誰かが“この鳥はこういう名前で呼ぼう”と決めて付けたわけではなく、長い間、人々の間で呼ばれていた名前が標準和名となりました」

唐沢先生によれば、たとえばカワセミは川にいて背が美しいのでカワセミ(川背美)と名前がつけられたそうです。他にも、頭の冠羽を立てるからカシラダカ、くちばし(エト)が美しい(ピリカ)というアイヌ語が由来のエトピリカなど容姿由来の名前がある一方で、鳴き声が猫のようなのでウミネコ、カッコウと鳴く鳥だからカッコウなど鳴き声由来の名前もあるとのこと。

また、猛禽類にハチクマという名前の鳥がいます。熊でも蜂でもなく鳥の名前ですが、なぜこんな名前が付いたのでしょうか。唐沢先生に聞いてみました。

「ハチの巣を襲って幼虫を食べるので、ハチクマなのです。でもなぜワシやタカではなく“クマ”なのでしょうか。不思議ですよね。実はハチクマよりずっと大きな猛禽類に《クマタカ》という名の鳥もいます。この“クマ”というのは、強いというイメージで命名されたという説があります。そこで今のところは、クマタカに似ていて昆虫の蜂を食べるから“ハチクマタカ”、それが縮まって“ハチクマ”と呼ばれるようになったというのが一般的です」と教えてくれました。

*  *  *

鳥の名前の不思議、いかがでしょうか。知ればますます、鳥が魅力的に感じられるようになるでしょう。

唐沢先生は自然観察大学の講師として「日本の季節とフェノロジー」という講演を予定しています。詳細はhttp://www.sizenkansatu.jp/にて、参加を募集しているので興味をもたれた方はぜひ。また、野鳥観察に役立つ季節の生き物観察手帖も好評発売中です。

解説/唐沢孝一
1943年群馬県生まれ。東京教育大学(現・筑波大学)理学部卒業。都立高校などの生物教師をへて、現在は執筆や講演、自然観察など多方面にわたって活動している。都市鳥研究会顧問、NPO法人自然観察大学学長。シジュウカラの研究で文部大臣奨励賞、モズの生態研究で日本鳥学会奨学賞。2003年市川市民文化賞(スウェーデン賞)を受賞。都市鳥に関する著作多数。「カラサワールド」(http://www1.odn.ne.jp/~aab87210/

文/柿川鮎子
明治大学政経学部卒、新聞社を経てフリー。東京都動物愛護推進委員、東京都動物園ボランティア、愛玩動物飼養管理士1級。著書に『動物病院119番』(文春新書)、『犬の名医さん100人』(小学館ムック)、『極楽お不妊物語』(河出書房新社)ほか。

 

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