■2軒目:藪蕎麦宮本(静岡県島田市)
――石臼で時間をかけて熱を出さずに挽く。粉は寝かせて味を引き出す
前出の『藪蕎麦宮本』(静岡県島田市)主人・宮本晨一郎さん(75歳)にとって、もり蕎麦とは“香り”だ。
「私が東京の『池の端藪蕎麦』で修業していた昭和30年代半ばから40年代半ば頃は、新蕎麦の時期に入荷した蕎麦は、むせ返るほどの香りがしたものです。最近は、ああいう蕎麦を手に入れるのが、本当に難しくなってきました。私がいちばん好きなのは、昔の新蕎麦のような強い香りの蕎麦なのです」
蕎麦の香りは、とても損なわれやすい。製粉や蕎麦打ちの際に熱が加わると失われ、茹で過ぎると湯の中に溶け出してしまう。
さらに、玄蕎麦(蕎麦の実)を倉庫で保存しても、低温にしてカビの生えない湿度に保たないと、香りは失われてしまう。蕎麦の実を粉に挽くと、香りが消えるのはもっと速い。
年間を通して、同じように香りを保たせるのは極めて難しい。
しかし、蕎麦には香りが欲しい。
この困難な課題を、少しでも解決しようと、宮本さんは現在行なっているやり方を考え出した。
重要なのは、蕎麦に備わっている香りを、できるだけ、消失させないようにすることだ。
「昔のような強い香りのする蕎麦に近づけるには、昔の技術で行なうのがいちばんです」
そう考えた宮本さんは、先人がやってきたように、石臼を使って自家製粉することを始めた。
石臼を手でゆっくり回し、中で砕かれていく玄蕎麦の様子を手の平で把握しながら、実に無用な力が加わることがないよう、回す力を微妙に調節する。
こうすることで、実が砕かれるときの摩擦による発熱が抑えられ、蕎麦の香りが製粉の段階で消えてしまうことは避けられる。ほかにも、玄蕎麦は産地で真空パックにして保冷庫に保存してもらうなど、様々な工夫を積み重ねてきた。
宮本さんが石臼を回して製粉した「手挽きそば」には、名人が対処した最良の蕎麦の香りが封じ込められている。
【藪蕎麦宮本】
静岡県島田市船木253-7
電話:0547・38・2533
営業時間:11時30分~14時(売り切れじまい)
定休日:月曜(祝日は営業、翌日休み) 24席。
アクセス:JR島田駅よりバスで初倉中学入口下車、徒歩約1分。JR六合駅よりタクシーで約15分。
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