文・写真/秋山都

年を重ねるにつれ好きになる食べ物がある。たとえば鮨。

昔は家で来客があると「おすしでも取りましょうか」となり、こどももお相伴に預かった。当時好きだったのは一にマグロ、二に鉄火巻、三にハマチやエビ。こはだや貝類、穴子を選って食べる大人の気が知れないと思っていたが、いまや私も立派なアラフィフの一員として穴子の鮨を好むようになった。

それでも、穴子ならなんでもいいというわけではなく、身は柔らかすぎず、ツメは甘すぎず、たまには塩で食べたい、などといっぱしなことをのたまうのだが……

「穴子は昔も今も江戸前に限るね」とおっしゃるのは東京・谷中で鮨店『乃池』を50年にわたって営む御年91歳の野池幸三さん。房総半島と三浦半島に囲まれた内湾の、海水と川の水がまざりあう汽水域が穴子の身に適しているらしく、「東京湾の穴子は煮ても固くならない」のだという。

この江戸前の穴子ずしが寺町である谷中で手軽な土産として重宝され、いつの間にかここ『乃池』の看板商品となった。

「名代 穴子寿司」は8貫で2500円。折で求める際には事前に予約しておくと待たずに便利。

町内会長をはじめ、地元観光連盟のトップを務めるなど、町の顔でもある野池幸三さん。昔の下町を語れる貴重な語り部だ。

穴子は必ず活き穴子をその日使う分だけさばき、酒や醤油などでふっくらと1時間ほど煮上げる。握ってから上にさっと刷くツメはこのときの煮汁に調味料を加えて煮詰めたもの。このツメがベッタリと甘い穴子ずしは無粋なものだが、『乃池』のツメは決して甘すぎない。

甘くないといえば鮨飯もすっきり、しゃっきりとしている。塩と赤酢のみで仕立てる伝統的な江戸前の鮨飯は、野池さんが修業した『吉野鮨本店』(東京・日本橋)仕込み。ひとつ口に放り込めば、さっぱりとした鮨飯、脂が乗ってふんわりと煮汁を含んだ穴子、こっくりと濃厚なツメの三者が一体となって押し寄せてくる。

穴子ってこんなにおいしかったっけ。これはこどもにはわからない美味だ。

自宅へ持ち帰り、数時間冷蔵庫で保存したもの。味がなじみ、これはこれでうまい。

この穴子すしは店内でも同じものが頼めるが、いかんせん、春の谷中は混雑しており、『乃池』にも長い行列ができることがある。そんなとき、私のおすすめは、事前に予約ができるので並ばずに手に入れることができる折り詰めだ。

やわらかな煮穴子は時間がたっても固くならず、鮨飯とよく馴染んでいるから、留守番の家族のために買って帰るもよし、折り詰めとお茶でピクニックと洒落込むもよし。この初夏から10月まで、旬の穴子を思い切り味わいたいものだ。

【今日の下町美味処】
『すし乃池』
■住所/東京都台東区谷中3丁目2−3
■アクセス/東京メトロ千代田線「千駄木」駅徒歩1分
■電話/03-3821-3922
■営業時間/11:30~14:00(L.O.13:30)、16:30~22:00(L.O.21:30)、日・祝11:30~20:00(L.O.19:30)
■定休日/水曜

文・写真/秋山都
編集者・ライター。元『東京カレンダー』編集長。おいしいものと酒をこよなく愛し、主に“東京の右半分”をフィールドにコンテンツを発信。谷中・根津・千駄木の地域メディアであるrojiroji(ロジロジ)主宰。

 

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