文/鈴木拓也
「ワインは難しい」
数ある飲み物の中でも、ワインにはそんなイメージがつきまとう。把握すべき知識は多く、覚えておくべきマナーもあり、正しい飲み方というのもあるらしい……。
フレンチレストランに行こうとなったとき、気後れしてしまう理由の半分はワインのせいだ。だから、ひととおりのことは事前に勉強しておき、当日は無用の緊張にさらされないように注意する。
蘊蓄やマナーなんて弊害にしかならない
そうしたワインに対する気構えは誤解だと言うのは、ワインジャーナリストの宮嶋勲さんだ。
宮嶋さんは、著書『今日の美味しい一杯に出会える ワインを楽しむ本』(大和書房 https://www.daiwashobo.co.jp/book/b10046330.html)にて、ワインをことさら難しくとらえる風潮を、次のように一喝している。
おそらく西欧から導入されたワイン文化をあたかも高尚なものであるかのように崇め奉り、衒学的な蘊蓄を振りまく輩が幅をきかせたために、一般の消費者が委縮してしまい、自由にワインを楽しめない雰囲気が生まれてしまったのだろう。
(本書3pより)
西欧の人たちにとって、ワインは日常的な飲み物。一部の高級品を除けば、食卓に必ずある、日本でいえば番茶のような存在。そう考えれば、日本人のワインに対するかしこまった姿勢は、ご当地の人からは滑稽に見えるかもしれない。
宮嶋さん自身は、「ガンベロ・ロッソ・イタリアワインガイド」の日本語版責任者を務めるなど、ワインの見識は超一級。しかし、仕事を離れたら、その日の気分で飲みたいワインを、ルール無用で好きなように楽しむという。蘊蓄やマナーなんて、心おきなく楽しむには弊害にしかならないと舌峰鋭いが、筆者のようなワインの素人には痛快だ。
肝となる部分だけ知っておけばいい
とはいえ、まったく知らないままだと、ワインの楽しみはいくらか失われるのも、たしかだ。
宮嶋さんは、必要なのは、「肝となる部分だけを大きくざっくり」捉えることだと説く。その「肝」が、本書にはちりばめられている。
例えば、ワインの香りをより楽しむコツ。この場合、グラスに注目する。やや大きめで口先が内に閉じているチューリップ型が万能だそう。「適度に香りを凝縮してくれるし、味わいもバランスよく感じられる」メリットがある。
では、ワイン通がよくやっている、グラスを回すやり方はどうなのか?
これは「あり」だと、宮嶋さんは述べている。ただ、さらに踏み込んで、プロが試飲会でするような「口に空気を入れてズーズーと音を立てる」といった飲み方は、「見苦しい」だけなので要注意。
もう1つ、よく話題にのぼるがワインの温度。よく、赤ワインは室温が最適と言われるが、もともと「室温」とは、昔の石造建築物の環境を指し、それは14~16度であった。つまり、空調がきいた現代の室温では、高すぎることになる。そこで、少しずつ温度が上がっていく前提で、低めの温度でサーブするとよい。
これに関し、宮嶋さんは次のように書いている。
私には個人的にはワインはかなり低めの温度からスタートするのが好きだ。やや控えめで閉じた状態からワインが食卓で華やかに開いていくのを愛でるのがいい。
例えば赤ワインの私にとっての最適温度が18度だとしたら、最初は13度ぐらいからスタートしたい。それが少しずつ変化して最高の状態になっていく、いわば上り坂の状態を楽しみたいのだ。
(本書84pより)
最初から最適温度だと、あとは下り坂の味わいとなってしまう。その点さえ気をつけておけば、おいしい時間を堪能できる。
料理との相性も「幸せかどうか」で決まる
マリアージュやペアリングという言葉が一般的になり、ワインと料理の相性もよく話題にのぼる。
この点について宮嶋さんは、「服装のコーディネートと似ている」とする。つまり、基本的な組み合わせというのはあって、それに沿えば「大きく外す」ことはない。しかし、そのルールを破っても問題はない。むしろ、本当に大事なのは、本人がそれで幸せかどうかという考えだ。
さらに、しっくりくる正統派的なものだけでなく、「ぶつかり合って日頃気づかなかった面が飛び出してくる」組み合わせにチャレンジする気風もよしとする。
どの料理とどのワインがマリアージュするということばかりを考えないで、色々試してみてそれぞれのワインと料理の多面性を楽しむのも面白いのだ。
(本書95pより)
こう言われると、どのように試せばいいかと逆に迷ってしまうかもしれない。ただ、何人かでレストランに行って、ワイン一本に対し、めいめい違う料理を注文したら、自然と色々試すことになる。それで、予想しなかったおいしい組み合わせと出合える可能性はある。
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本書を読むと、それまでワインに対してもっていた気負いのようなものが消え、ふっと楽になった。ワインが好きだが、ハードルの高さも感じている方に、ぜひおすすめしたい1冊だ。
【今日のおいしい1冊】
『今日の美味しい一杯に出会える ワインを楽しむ本』
文/鈴木拓也
老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライターとなる。趣味は神社仏閣・秘境めぐりで、撮った写真をInstagram(https://www.instagram.com/happysuzuki/)に掲載している。