取材・文/藤田麻希
江戸時代、鎖国政策のため日本と西洋世界の交流は限られていましたが、19世紀半ばに開国して以来、浮世絵や工芸品など、日本の美術品が欧米に大量に輸出されました。またシーボルトをはじめ、日本に滞在した外国人が紀行書などで日本の文化を紹介し、西洋の万国博覧会でも日本の出品作は好評を博し、日本美術ブームといえるような状況が起こります。
そんななか、印象派をはじめとする西洋の芸術家たちは、日本美術の斬新な構図や主題などに衝撃を受け、その表現を取り入れた作品を作るようになります。このような西洋の芸術における新しい創造運動を「ジャポニスム」と言います。
とくに、江戸時代後期の浮世絵師・葛飾北斎の与えた影響は絶大でした。高い画力を持つことはもとより、『北斎漫画』のような入手しやすい版本に、人物、動植物、風景、建築など、一人であらゆるジャンルのものを描いたため、その作品が参照される機会が他の絵師よりも群を抜いて多かったのです。
現在、東京・上野の国立西洋美術館で、北斎の作品とその影響を受けた西洋美術を集めた展覧会「北斎とジャポニスム/HOKUSAIが西洋に与えた衝撃」が開催されています(~2018年1月28日まで)。今回は、同展出品作品のなかから、北斎の作品がどのように西洋美術に取り入れられたのか見ていきましょう。
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まずはクロード・モネです。モネは、自らも北斎の作品を所有していたほどの北斎好き。木の間越しに見える風景をいくつも描きましたが、それらは、北斎の《冨嶽三十六景 東海道程ヶ谷》のような、松並木越しに富士山が見える構図に触発されたものと考えられます。
西洋では風景を描く際、一点に向かって徐々に小さく描いていく一点消失法が一般的でしたが、日本の風景画は必ずしもそうではありません。北斎の絵のように、手前の木々の葉をすだれのように一面に描き、背景をぼんやりと見せる方法は、西洋人には新鮮に映りました。
ポール・セザンヌは、南仏のサント=ヴィクトワール山をさまざまな構図で描きました。それは北斎が富士山を描いた「冨嶽三十六景」のシリーズを連想させます。とくに《サント=ヴィクトワール山》作品の、奥に山、手前に木立、間の景色を俯瞰的に描く構図は、《冨嶽三十六景 駿州片倉茶園ノ不二》とよく似ています。
セザンヌは日本美術に対して無関心を装っていたそうですが、なんらかの浮世絵のイメージが頭にあったのかもしれません。
次はドガの《踊り子たち、ピンクと緑》です。普通、踊り子を描くとなれば、バレエを踊っている姿を正面から描きそうなものですが、エドガー・ドガは踊り子が一瞬見せた何気ないポーズを選んでいます。このポーズに、『北斎漫画』の力士の後ろ姿からの影響が指摘されています。たしかに、そっくりです。
メアリー・カサットも、パリで日本の木版画の展覧会を見たり、北斎の浮世絵を持っていたことがわかっています。当時、小さな子供は行儀よく描くのが一般的でしたが、カサットはわざとソファにふんぞり返ったポーズで描きました。
『北斎漫画』には、頭陀袋に寄りかかる布袋が載っています。よく似ていますね。カサットはこのような絵を見て自分の絵に応用したのかもしれません。
いかがでしょうか。もちろんどの印象派の画家も、単に北斎の絵を引き写すのではなく、自分なりに咀嚼し、自らの芸術を発展させるために描いていることがわかります。
本展を監修した国立西洋美術館長の馬渕明子さんが、報道内覧会で語った展覧会についての思いを引用します。
「私は、29年前に当館で開催したジャポニスム展以来、ジャポニスムを個人的な研究分野にしております。研究の際、作家のことを調べていても、批評家の文章を読んでいても、いつも北斎が最初に出てきまして、常々、彼がどのように西洋で見られているのか気になっていました。ずいぶん前から、いつか、北斎に関するジャポニスムの展覧会をやってみたいと考えていたのですが、この度、やっと機会を得ることができました。非常に力を入れた展覧会なのでぜひ一人でも多くの方にご覧いただきたいと思っております」
モネ、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン、マネ……、名だたる画家の油彩画や彫刻と、日本が誇る北斎の作品が夢の共演を果たす、豪華な展覧会です。
【展覧会情報】
『北斎とジャポニスム HOKUSAIが西洋に与えた衝撃』
■会期:2017年10月21日(土)~2018年1月28日(日)
■会場:国立西洋美術館
■住所:東京都台東区上野公園7-7
■電話番号:03・5777・8600(ハローダイヤル)
■公式サイト:http://hokusai-japonisme.jp
■ツイッター公式アカウント:@hoku_japonisme
■開室時間:午前9時30分~午後5時30分
(金、土曜日は午後8時。ただし 11/18は午後5時30分まで)
※入館は閉館の30分前まで
■休館日:月曜(ただし1/8は開館)、12/28~1/1、1/9
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』