取材・文/ふじのあやこ
家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。~その1~はコチラ
今回お話を伺ったのは、都内で団体職員として働いている奈々子さん(40歳)。東京の郊外出身で、両親と2歳下に弟のいる4人家族。小さい頃から父方の祖母と同居しており、家は祖母と母の不仲、両親の不仲などでバタバタしていたそう。23歳の時、祖母が脳梗塞で倒れますが、半年の入院期間を経て、以前のように元気になります。
「祖母が入院中にずっと家に帰りたいと言っていたから、そのお世話をちゃんとするために半年ほど夜学に通い、介護の資格をとりました。でも、家に戻ってきた祖母は以前と同じようにピンピンしていて、私の補助は一切いらない感じでした。入院中は弱気なことも口にしていたんですが、家に帰ってきてからは前のように小言を言うくらい元気でしたね(苦笑)」
祖母の世話のために仕事を退職。入院は長期間続き、その間両親の代わりに面倒を見続けた
しかし祖母が退院して2年後、再び脳梗塞で倒れてしまいます。前回と比べて病状は深刻だったと言います。
「左半身に麻痺が残ってしまって、祖母は寝たきりになりました。すべての動作に介助が必要になり、私は仕事を辞めました。両親に言われたわけではありません。仕事が辞めたいほど辛かったわけでもないけど、結構迷わずにスパンと。そこからは病院に毎日通って祖母の世話をしたり、家にいるということで家事も担っていました。
入院期間は1年、2年と続く中でも、祖母は家に帰りたいとずっと言っていたんです。でも、それはかないませんでした。入院生活が2年目の時にお医者さんから、もう祖母は退院できないと伝えられました。寝たきりになったことでさまざまなところが弱っていたようです」
ずっと入院生活になることが決まったことで奈々子さんは再就職を家族からも促され、現在働く団体法人に入所。働きながらも仕事終わりには祖母の様子を見に行く毎日は祖母が亡くなったことで終わりを迎えます。しかしその直後、次に母親が調子を崩したそう。
「祖母は10年間の入院生活を終え、そのまま病院で息を引き取りました。祖母が亡くなってからはしばらく葬儀や法要でバタバタしていたんですが、やっと落ち着いてきた辺りで母親が体調不良を訴え病院に行くことになりました」
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