取材・文/藤田麻希

《新聞と自画像2008.10.8 毎日新聞》2008年、個人蔵

《新聞と自画像2008.10.8 毎日新聞》2008年、個人蔵

こちらの絵を御覧ください。新聞紙の上に男の顔を描いた作品に見えるのですが、じつは、男の顔だけでなく、新聞紙自体も手で描かれています。目をこらすと活字の一文字一文字が手書きであることがわかります。

この絵を描いた吉村芳生は1950年、山口県に生まれ、東京の創形美術学校などで版画を学びます。版画の国際展などに入選を重ねていたのですが、1985年に山口県に戻り、その後は山口県展への出品やギャラリーでの展示を中心に活動しました。

2007年、57歳のときに六本木・森美術館の「六本木クロッシング展」に作品が展示されたことをきっかけに、現代美術の世界で再び脚光を浴びるようになり、精力的に活動していたのですが、2013年に突然この世を去りました。

《ジーンズ》1983年、個人蔵

《ジーンズ》1983年、個人蔵

さきほどの《新聞と自画像》のシリーズや、こちらの《ジーンズ》を見ると、吉村の作品は写実的であることに注力している印象を受けます。しかし、絵を描く工程を知ると、吉村が目指したのが単なる写実ではないことがわかります。

《ジーンズ》は、まずジーンズを写真に撮り、そのうえに鉄筆で2.5mmの方眼を書き、そのマス目を一つ一つ紙に模写していくことでできあがっています。つまり、対象をじっくり観察して、内面までをも克明に表現しようとするタイプの写実ではないのです。対象を直接見て描くのではなく、カメラの眼で平面に置き換え、マス目を写していく機械的な「作業」の集積です。吉村は、しばしば「機械が人間から奪っていった感覚を取り戻したい」と語っており、作品の主眼は「写す」ことにあったことが想像できます。

《ドローイング 金網》(部分)1977年、個人蔵

《ドローイング 金網》(部分)1977年、個人蔵

こちらは金網を描いた作品です。個展を開催した画廊の壁面に合わせ、長さが17メートルもあります。はじめから終わりまで同じ金網の繰り返しで変化がまったくありません。これを描くときも、吉村は金網を見ながら描くのではなく、金網と紙を重ねて銅版画のプレス機にかけ、紙にできた凸凹をたよりに金網の質感を鉛筆で加えていきました。

《バラ》2004年、みぞえ画廊

《バラ》2004年、みぞえ画廊

80年代に山口県の徳地に引っ越して以降は、作品に色彩が加わり、色鉛筆でコスモスなど近所に咲く花を描くようになりました。このような作品の場合も、写真にマス目を引き、そのマスを写すことで描いています。

《無数の輝く生命に捧ぐ》2011-13年、個人蔵

《無数の輝く生命に捧ぐ》2011-13年、個人蔵

2010年ころから吉村の作品に変化が現れます。一番の変化は、絵にメッセージが込められるようになったことです。吉村さんの息子で画家の吉村大星さんは、当時の作品《無数の輝く生命に捧ぐ》について次のように説明します。

「父は、花の一つひとつを3.11(東日本大震災)の犠牲者の魂を表すような気持ちで描いています。父は絵の最後をどうするか悩んでいて、全部きっちり描いて終わらせると、メッセージ性にかけると思ったのか、あえて右端の花を消えるように描いています。また、最後まで迷っていたのはバックですね。波や、自分の顔、金を塗るなど、いろいろ考えていたのですが、結局何も描かないことに落ち着きました。僕は、背景が白である方が藤の花一つ一つが際立ち、絵にこめたメッセージが強調されると思ったのだと想像しています」

そんな吉村芳生に関する大規模な回顧展が、現在、東京ステーションギャラリーで開催されています。東京の美術館では初の個展で、700点以上の作品から全貌をたどることができます。吉村の知名度は高いとは言い難いですが、他のどんな画家とも有り様の違う、特異な存在であることは確かです。「普通ではない」「何かが違う」吉村の不思議な作品を、ぜひご覧ください。

【吉村芳生 超絶技巧を超えて】
■会期:2018年11月23日(金・祝)-2019年1月20日(日)
■会場:東京ステーションギャラリー
■住所:〒100-0005 東京都千代田区丸の内1-9-1
■電話番号:03-3212-2485
■公式サイト:http://www.ejrcf.or.jp/gallery/
■開館時間:10:00-18:00
※金曜日は20:00まで開館 ※入館は閉館の30分前まで
■休館日:月曜日[12月24日、1月14日は開館]、12月25日(火)、12月29日(土)-1月1日(火・祝)

取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』などへの寄稿ほか、『日本美術全集』『超絶技巧!明治工芸の粋』『村上隆のスーパーフラット・コレクション』など展覧会図録や書籍の編集・執筆も担当。

 

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