取材・文/藤田麻希
今からおよそ1万3000年前から約1万年つづいた縄文時代。氷期が終わり、安定した定住生活を営めるようになったことで、文化が成熟し、さまざまな装飾を施した土器や土偶が生み出されるようになりました。
それらは、中国や朝鮮など大陸からの影響を受けずに、日本列島のなかで培養された感覚でつくられています。「縄文時代」の名前の由来になった縄目の文様、びっしりと埋め尽くされた渦巻き文様、壺に貼り付けられた顔などには、人間の装飾に対する根源的な欲求が発露しているようです。近年、考古の分野だけではなく、美術の分野からも評価されるようになり、1995年以降、6件が国宝に指定されました。
現在、上野の東京国立博物館で、これら6件の国宝がすべて集合する、大規模な縄文展が開催されています(7月31日までは4件の展示)。
最初に国宝に指定されたのは、長野県茅野市棚畑遺跡で発見された「土偶 縄文のビーナス」です。大きなお腹に、左右に張り出した太ももと尻から、妊娠した女性の姿を表していることがわかります。土には鉱物の一種である雲母片が混ぜられ、表面がラメのようにキラキラと光っています。また、一般的な土偶の多くが壊された状態で発掘されるのに対し、このビーナスは、土のくぼみに横たえられるようにして、ほぼ完全な形で発見されました。縄文人にとって特別なものであったことは明らかです。
山形県舟形町西ノ前遺跡出土の「土偶 縄文の女神」は、宇宙人のような印象を与える、鋭角的でシャープな造形の土偶です。東京国立博物館 考古室長の品川欣也さんは、つぎのようにその魅力について説明します。
「この土偶には顔がありませんが、おそらく縄文人にはこれが何を表すかわかっていたんだと思います。イノシシの形を精巧にあらわした、動物形土製品などもあるように、縄文人は形を再現することはたやすくできます。ただし、彼らはそのままの形をつくることはしません。あえて表現しない、その出し入れの妙に縄文の造形美のうまさがあると思っています」(品川さん)
次に国宝に指定されたのが、教科書などでお馴染みの「火焰型土器」です。これらの土器には、内側が黒く焦げているものもあり、実際に煮炊きに使われていたことがわかります。
「火焰型土器をご覧になる際は、立体的な装飾とともに、小さな底部も見てほしいです。小さな底があれだけ大きな装飾を支えています。また、粘土をこねたり、お菓子を作ると、必ずはみ出しのバリが出ますが、この土器にはそれがありません。こんな力強い装飾のなかにも縄文人の心配りがあります。さらに、この土器は360度、どこから見てもかっこいいです。展示する際は、どこを正面にするか、いつも悩まされます。どの方向から見ても遜色のない造形美、これこそが火焰型土器の一番の魅力です」(品川さん)
北海道のジャガイモ畑から出土したこの土偶は、体の中が空洞になっている中空土偶という種類のもの。薄造りで、熟練した技術を持った人がつくったことを感じさせます。全身には、アイヌの文様を思わせるような、幾何学的な装飾がめぐらされています。顎のブツブツとした丸い文様はヒゲのようにも見えますが、縄文人が施したタトゥーだとも考えられています。
「合掌土偶」は、体育座りのように膝を立て、手を合わせ、祈りを捧げているような印象を与えます。このようなポーズの土偶で、完全な形で残っているものは他になく、大変貴重です。顔や体のところどころには赤い色が残っており、当初は全身が赤色だったことを物語っています。
「仮面の女神」は、2000年に長野県茅野市で発掘され、2014年には国宝に昇格した、スピード出世の土偶です。後頭部には紐を結いたような形がつくられ、逆三角形の仮面のような板を装着している様子が表されています。
なぜこのような形にするのか。なぜ執拗なまでの装飾を施すのか。道具が十分になかったどうやって時代に作るのか…。そう考えずにはいられなくなるような、驚きに満ちたものにたくさん出会える展覧会です。
【展覧会概要】
特別展『縄文―1万年の美の鼓動』
会期:2018年7月3日(火)~2018年9月2日(日)
会場:東京国立博物館 平成館
住所:東京都台東区上野公園13-9
電話番号:5777-8600(ハローダイヤル)
公式サイト:http://jomon-kodo.jp/
開館時間:9:30~17:00(入館は閉館の30分前まで)
(ただし、金曜・土曜は21:00まで開館。日曜および7月16日(月・祝)は18:00まで開館)
休館日:月曜日(ただし7月16日(月・祝)、8月13日(月)は開館)、7月17日(火)
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』