取材・文/池田充枝
宮廷文化の雅を代表する和歌の世界。三十一文字に託された表現美とその情趣は、万葉の時代に起こり、平安期に洗練されて貴族たちの高貴な遊芸へと発展しました。
歌人が各々に詠じた秀歌は、お手本となって伝わる中で選別され、特に秀でた名手たちを「歌仙」と呼んで崇めるようになりました。鎌倉時代に至る頃、歌仙の秀歌と図像を一つの画面におさめた作品「歌仙絵」が誕生しています。なかでも歌仙の筆頭にあたる歌聖、柿本人麿の像は別格で、夢に現じた形相として描かれました。
元永元年(1118)、歌人・藤原顕季(ふじわらあきすえ)が人麿像を床に懸けて以降、「人麿影供(ひとまろえいぐ)」と称する儀礼として受け継がれてきました。
そんな人麿影供の創始から900年となるのを記念して、歌仙絵の優品や歌仙の名歌を記した古筆の優品を紹介する展覧会《人麿影供900年 歌仙と古筆》が東京の出光美術館が開かれています(~2018年7月22日まで)。
本展では、国宝・古筆手鑑《見努世友(みぬよのとも)》はじめ、重要文化財の古筆《高野切第一種》《中務集》、同じく重要文化財の佐竹本三十六歌仙絵《柿本人麿》ほか人麿像の優品が紹介されています。また西行生誕900年に因み、俵屋宗達筆《西行物語絵巻》(第一巻)の全場面も公開されています。
本展の見どころを、出光美術館の学芸課長、笠嶋忠幸さんにうかがいました。
「本展は、当館が所蔵する鎌倉期の名作、佐竹本《柿本人麿》(重要文化財)から構想をスタートさせました。
展覧会タイトルにある「人麿影供」とは、平安の歌人・藤原顕季(1055-1123)によって始められた儀礼のことで、歌会の場に歌聖・柿本人麿の像を懸けて歌の神として祀り、稼働の繁栄を願うものです。今年はその創始から900年。記念の年に、多彩な人麿像これに関する作品を特集する展覧会を企画しました。
見どころは、いくつかの人麿像を見比べていただくコーナーです。伝説では、白髪交じりで鬚を蓄え、手には筆と紙をもち、思索にふける容姿であったと伝えられていますが、その行間の読み方次第では、同じ人麿像であっても、随分と異なる描かれ方になります。瓜二つ、でもどこか違う……ぜひ会場で、その微妙な違いを発見してみてください。
ほかにも、西行など歴史に名を残す歌人や三十六歌仙を描いた作品が並びます。と同時に、彼らの秀歌を記した名筆も選りすぐって展示しております。絵と書の交わる空間で、ひととき古の歌仙たちに想いを馳せていただけたら幸いです。
最後にひとつ内緒の話を。今回出品する古筆手鑑(てかがみ)《見努世友》は当館の誇る国宝ですが、実はこの手鑑、目下、本格修理を検討中なのです。もしかすると、今の状態での鑑賞は、本展が見納めとなるかもしれません。こちらもどうぞお見逃しなく」
国宝から重要文化財まで、歌道の雅が堪能できる優品が並びます。ぜひ会場に足をお運びください。
【開催要項】
人麿影供900年 歌仙と古筆
会期:2018年6月16日(土)~7月22日(日)
会場:出光美術館
住所:東京都千代田区丸の内3-1-1帝劇ビル9階
電話番号:03・5777・8600(ハローダイヤル)
http://idemitsu-museum.or.jp/
開館時間:10時から17時まで、金曜日は19時まで(入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜日(ただし7月16日は開館)
取材・文/池田充枝