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【トークイベント】 「本能寺の変」の真相を語り尽す!安部龍太郎さん(歴史作家)×織田信孝さん(織田家現当主)

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『半島をゆく 信長と戦国興亡編』の著者・安部龍太郎さん(左)と織田家当主の織田信孝さん(右)

織田信長の子孫は、今も健在だ。信長の次男・織田信雄の流れが信長の血脈を伝え、江戸時代に出羽天童藩(山形県天童市)と丹波柏原藩(兵庫県丹波市)の二流に分かれた。

その柏原藩織田家の現当主・織田信孝さんは、フリーライターとして活躍しながら、織田家当主としてさまざまなイベントでも活動も行なっている。

一方、サライ本誌で「半島をゆく」を連載している直木賞作家・安部龍太郎さんは、『信長燃ゆ』『蒼き信長』など、織田信長に関する小説を多く手がけている。さらに、毎年11月には静岡県富士宮市で開催されている「信長公黄葉まつり」に参加して、火縄銃演武を行なうなど、信長に対する思いはひと際熱い。

その両者が、信長について熱く語り合うトークイベントが、東京・八重洲ブックセンターで開催される。テーマは、「なぜ、信長は本能寺の変で斃れたのか」だ。

■知られざる信長の一面が明らかに!

中世から戦国時代にかけて、室町幕府の政治力は極限まで弱まったが、権威だけはいまだ轟いていた。各地の戦国大名らは、幕府の権威をしたたかに利用しようとはしたものの、自ら幕府に取って代わろうと考える者はいなかった。

だが、信長は違った。

信長が初めて鉄砲を使用した合戦「村木砦の戦い」の時、信長は21歳。当時は尾張国の4分の1を領するだけの小さな存在だった。信長の上位には、守護代、守護が立ち、常識からすれば、天下など望むべくもない存在に過ぎなかった。

だが、村木砦の戦いの6年後、桶狭間の戦いで勝利をおさめた後、信長は破竹の勢いで勢力を伸ばす。その原動力となったのは何か?

安部龍太郎さんは語る。

「信長は、いち早く商業に目を向け、その集積地を押さえようとしました。当時は寺社などの旧勢力が関所や商業利権を握っていましたが、信長は彼らと対立しながらも、関所の撤廃や自由な商業を政策に取り入れました。さらに、知多半島と伊勢湾を介して通じる伊勢、志摩を自領に組み入れ、経済力を手に入れて、軍事力を強めたのです」

そうした信長のやり方は、当然ながら利権を握っていた勢力=朝廷、寺社、守護大名などの強い反発につながる。信長が京都から追放した室町幕府第15代将軍足利義昭は虎視眈々と京都復帰を目論んでいた。

「教科書などでは、将軍の京都追放を以て室町幕府は滅亡したと言われていますが、足利義昭は鞆の浦(広島県福山市)に御所を構え、打倒信長の戦いを続けていたのです」(安部龍太郎さん)

鞆の浦を取材した安部さんは、歴史学者の藤田達生さん(三重大学教授)とともに当時の御所跡などを精力的に歩いた。その紀行はこのほど上梓された単行本『半島をゆく第1巻 信長と戦国興亡編』に収録されているが、安部さんは旅を振り返ってこう語るのだ。

「実際に鞆の浦を歩き、京都に復帰したいという義昭の執念を感じることができました。なぜ、本能寺の変が起こったのか。鞆の浦の地でその答えを見出すことができました」

一方の織田信孝さんもこう語る。

「信長は、実は人を信用し過ぎていたのではないかと思っています。まさか裏切られるとは思っていない。浅井長政や荒木村重、そして大抜擢した明智光秀。そうした信長の心理を分析していくことも今後の課題ではないかと思っています」

なぜ、信長は本能寺で斃れたのか? この戦国最大のミステリーに、信長を知悉する歴史作家と織田家当主が挑むトークバトルは、12月14日19時から、JR東京駅前の八重洲ブックセンターを舞台に繰り広げられる。

【『半島をゆく』第1巻刊行記念 安部龍太郎さんトーク&サイン会】
■日時:2016年12月14日(水)19:00~(開場18:30)
■場所:八重洲ブックセンター本店 8階ギャラリー
■参加定員:80名(お申し込み先着順)
■申込方法:同店1階カウンターにてご参加のお申込みを承ります。同店で対象書籍『半島をゆく第1巻』をご購入いただいた方のみ参加できます。
■お問い合わせ:電話 03-3281-8201(八重洲ブックセンター本店)
http://www.yaesu-book.co.jp/events/talk/10853/

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※ 落城間近の大阪城から救出!知多半島に残る「ある屏風」に隠された驚くべきメッセージ

文/編集部

『サライ』本誌の大好評連載が待望の単行本化!
『半島をゆく 信長と戦国興亡編』(小学館)
著/安部 龍太郎、藤田 達生

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『半島をゆく 信長と戦国興亡編』 1500円+税

「半島は陸のどんづまりだけども、海の玄関口でもある」――。明治に鉄道が開通するまで、わが国の物流を担っていたのは海運だった。物流の集積地である半島の港には、物があふれ、人々が集い、あらゆる情報が飛び交った。 だからこそ、歴史は半島で動いた。

信長が初めて鉄砲を使用した桶狭間6年前の合戦(知多半島)、鑑真やザビエルが上陸した世界に開けた港(薩摩半島)、戦国屈指の山城を擁した城下町(能登半島)、本能寺の変の司令塔が置かれた「鞆幕府」(沼隈半島)、頼朝、早雲、江川英龍と歴史を転換させた韮山の地(伊豆半島)、信長の天下統一戦線を水軍で支えた九鬼一族(志摩半島)など、直木賞作家・安部龍太郎氏と歴史学者の藤田達生氏が日本各地の「半島」を訪ね歩き、海と陸の接点から日本史を捉え直す。

>>詳しくはこちらをご覧ください。

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