文・絵/牧野良幸

『切腹』は小林正樹監督の1962年(昭和37年)の作品であるが、僕はこの『切腹』を、黒澤明の『用心棒』『椿三十郎』と並ぶ“面白すぎるサムライ映画三部作”に数えている。公開年もほぼ同じだし、タイトル文字も共通したものがあるし、なにより骨太の白黒映像、切れ味鋭いストーリーが“面白すぎる”のだ。

ただ『切腹』には三船敏郎は出ない。そのかわり『用心棒』『椿三十郎』で敵役を演じた仲代達矢が出演する。ということで黒澤映画と同じく『切腹』も日本映画の傑作なのだ。

『切腹』はタイトルどおり、武士が切腹をする映画である。

昔から時代劇を観ていて、切腹シーンに出くわすことは珍しくない。子供の頃から切腹シーンは怖かった。どうしても自分を同じ状況に置いてしまう。「やりたくないよ〜、隙をみてダッシュしたら逃げられるのではないか?」などと、最後の最後まで生きることに執着してしまう。

しかし「忠臣蔵」でも「新撰組」でも、武士たちは逃げ出すことなく自分の腹を搔っ捌くのであった。ぶざまなところは見せない。たいがいの映画は、その瞬間を写さないように配慮しているわけだけれど、観ている方は想像の中で、武士が潔く果てるのを見届けるわけである。

しかしこの映画は、“切腹をしたくない武士”の話である。

千々岩求女(ちぢいわ・もとめ)と名乗る浪人(石濱朗)が、ある日、井伊家の江戸屋敷にあらわれる。「生活に苦しいため切腹したい。しいては屋敷の庭先を借りたい」と言う。

この頃、江戸市中では、諸藩の屋敷に切腹の場所貸しを願い出る浪人が出没していた。藩としては屋敷の中で切腹されるなど迷惑。なにがしかの金銭を渡して立ち去らせていたのである。浪人の方もそれが狙いだ。はなから切腹するつもりなどない。

千々岩求女もこの作戦だった。つまり『切腹』は武士が切腹をしない映画となるはずであった。しかしこの映画もやはり武士が切腹をする映画となる。

見え透いた手口に業を煮やした井伊家の家老(三國連太郎)が「庭先を貸しましょう」と応じたのである。それを聞いてアセる千々岩求女。しかしもう後には引けないところまで追い込まれていた……。

ここまでと、その後の千々岩求女の悲惨な最後は、叔父である津雲半四郎(仲代達矢)と井伊家の家老の対話で回想される。実は津雲半四郎も今、井伊家で切腹をしたいと申し出ている最中なのだった。彼の狙いはもちろん甥の復讐であったが。

まだ映画を観ていない方もおられると思うので、これ以上のネタばらしは控えておく。56年前の映画で世界的に有名な作品とはいえ、新鮮な気持ちで観てもらいたいからだ。くれぐれもウィキなどで調べないように。

ただ“切腹をしたくない武士”が切腹をするのがどんなに恐怖か。千々岩求女の最後がいかに衝撃的かは書き添えておきたい。映画を傑作たらしめているのは、主役である仲代達矢であることにいささかも疑いを持たないが、僕がイラストも含めて千々岩求女のことばかり書くのも、ご覧になれば納得してもらえるだろう。

それにしても三國連太郎が演じる井伊家家老が、白装束の千々岩求女に向かって「ささ、お心おきなく」とうそぶくシーンはキツい。今ならすごいパワハラだ。僕なら腹を切るまでもなく失神してしまいそうである。

【今日の面白すぎる日本映画】
『切腹』
製作年:1962年
製作・配給:松竹
モノクロ/134分
キャスト/仲代達矢、三國連太郎、石浜朗、岩下志麻、丹波哲郎ほか
スタッフ/監督: 小林正樹、脚本:橋本忍、音楽:武満徹

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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