黒澤明『用心棒』
文・絵/牧野良幸

今回は黒澤明の『用心棒』ある。名作ばかりの黒澤映画の中でも、おそらく『七人の侍』や『生きる』と並んでもっとも親しまれている作品ではないだろうか。初めて観た黒澤映画が『用心棒』という人も多いかと思う。

僕は“映画と言えば洋画”という時代に成長したせいか、黒澤明に興味を持ったのは遅かった。それこそ『用心棒』をリメイクしたマカロニ・ウエスタンの『荒野の用心棒』のほうを先にテレビで観た世代だ。

黒澤明の『用心棒』を初めて観た時は「日本にこんな面白い映画があったのか!」とびっくりしたものである。リメイク版は言うに及ばず、どんなハリウッド映画も吹き飛ばすほどの痛快さ。ジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグが黒澤明を師と仰ぐのが、これでようやくわかった次第。まあそれくらい遅れていたのだが、昔はビデオなどなくテレビでも洋画ばかりの時代だったので黒澤映画に触れる機会がまったくなかったのだった。

テレビと言えば、黒澤監督は自作の放送をノーカット、トリミングなしでなければ許可しないと聞いていて堅物なイメージがあったけれど、『用心棒』を観た後では、黒澤監督の言い分はまったくもって当然だと納得した。『用心棒』のどこがカットできようか、シネスコープの横長を活かした画面のどこを切れようか?

ということで今は黒澤明のブルーレイを揃えて何度も観返している。幸せな時代になったものだ。『用心棒』ももう何回観たかわからないくらいだ。

黒澤映画は観るたびに発見があって面白い。また興味を持つ部分も変わっていくから見飽きることがない。『用心棒』もそうで、観る回数によって興味を持つ箇所が変わってきた。

初めて観た時は、何と言っても三船敏郎が演じる三十郎の活躍が痛快だった。

三十郎は宿場町で勢力争いを繰り返す清兵衛一家と丑寅一家を手玉にとって、お互いに潰し合いをさせようと仕掛ける。しかし策略がバレると三十郎は丑寅に半殺しにされ捉えられる。ようやく逃げ出した三十郎が、棺桶の中から清兵衛一家と丑寅一家の最後の戦いを眺めるところなど、常識を超えた面白さだった。

最初は三十郎に振り回されるコマだった悪役たちも、観る回数を重ねていくにつれて、一人づつが主役級の存在になってくる。現代だったら、彼らを主人公にしてスピンアウトができたに違いない。

なんといっても仲代達矢の演じる卯之助が強烈だ。蛇みたいな目つきがいい。ピストルとマフラーなんて、いかにも娯楽映画じみているが、それが通ってしまうのが黒澤映画。他にも加東大介、志村喬といった、普段は善人役の多い俳優の悪人ずらもいい。女優では山田五十鈴の演じる悪女ぶりに色気を感じるほどになってきた。清兵衛のかわりにこの女の亭主になってみたいと思うのは僕だけだろうか。

さらに『用心棒』を観返していくと、もっと細かいところが面白くなってくる。

最初の殺陣で三十郎に腕を切り落とされてしまうジェリー藤尾などは、大口叩いている時に「あーあ、気の毒に」と切られる前から同情に耐えない。それこそ三十郎が「切られりゃ、痛えぞう」と忠告したとおり、観ているこちらまで顔がゆがんできそうだ。

最近では夏木陽介が演じる農家の倅に注目したところである。映画の冒頭、三十郎が水をもらいに寄る貧しい農家。そこで親の反対を押し切りヤクザな道を選ぶ息子である。

これは劇中の状況を説明するための前振り、ワンシーンに過ぎないと思っていたら、そうではなかった。ちゃんとこの農家の倅は丑寅一家の子分になっていて、クライマックスでの三十郎との対決に出てくるのである。

三十郎はピストルをかまえる卯之助をしとめるや、次々と丑寅一家を斬っていく、迫力のあるシーンである。最後に残って逃げまとうのは下っ端だ。

「おっかあああ!」

「子どもは刃物持つんじゃねえ、おふくろの所へけえれ!」

容赦なく丑寅一家をメッタ斬りにしてきた三十郎が、どうしてこの下っ端だけ見逃したのか不思議に思っていたのだが、それが最初に登場した農家の倅とわかったときは膝を打ったものである。映画の最初と最後を結びつけて構築性を高めている。さすが黒澤明。

これくらいのことは最初に観た時に気づく人は気づくし、黒澤ファンならとっくに知っていることかもしれないが、僕にとっては嬉しい発見だった。まだまだ観返せば発見がありそうである。個人的には宿場町の街並みとか、建物の作りが最近気になっているところだ。

その『用心棒』がちょうど3月24日にNHK-BSで放送される。初めての人も、そうでない人もよかったら観てみてください。きっと面白い発見があると思います。

【今日の面白すぎる日本映画】
『用心棒』
製作年:1961年
製作・配給:東宝
キャスト/ 三船敏郎、仲代達矢、山田五十鈴、志村喬、司葉子、土屋嘉男、東野英治郎、藤原釜足、加東大介、ジェリー藤尾、夏木陽介、ほか
スタッフ/監督:黒澤明 脚本:黒澤明、菊島隆三 音楽:佐藤勝

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

 

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