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市川崑監督『鍵』|入り口はエロス、出口はブラック【面白すぎる日本映画 第16回】

文・絵/牧野良幸


市川崑監督の『鍵』はエロティックな映画である。谷崎潤一郎の小説が原作の1959年(昭和34年)の作品。

剣持(中村鴈治郎)は社会的には古美術鑑定家として名声を得ていたが、私生活では屈折した性癖の持ち主だった。老齢で日頃から血圧の高い剣持は、妻の郁子(京マチ子)をわざとインターンの木村(仲代達矢)に近づけることで嫉妬心をかきたて若さを保っていたのだ。

木村は剣持の娘、敏子(叶順子)と付き合っていて、剣持も娘を嫁にやるつもりだった。あるとき木村が夕食を食べに来ていると、剣持の妻が風呂で気を失ってしまう。剣持は妻を浴槽から抱き上げると介抱しながら、目を背けている木村に言った。

「木村くん、手の指の股も拭いてやってくれ」

「はっ」

そう言うと木村は舐めるように郁子の指を拭く。それを横で盗み見る剣持。

郁子は夜な夜な気絶することがあり、その度に剣持は妻の裸体を写真に撮った。

「木村くん、これを現像してもらえないだろうか。絶対誰にも見せないで」

「承知しました」

木村はフィルムを現像して愕然とした。自分の前ではいつも清楚な奥様が淫らな裸体をさらしていたのだ。

自分の妻を将来娘の夫になる男に近づけて興奮する剣持。それを倒錯と言うなら妻もまた倒錯していると言えるかもしれない。木村が夕食に訪れるたびに風呂で気を失うのも、夜な夜な気絶するのも、実は夫の欲望を察してのことであった。しかしその本心は夫よりも木村であった。郁子は義母になっても木村と関係を続けたいと思っていた。そのためには夫を……。

ここまで読めば『鍵』はエロスが渦巻く官能映画と期待するだろう。確かに京都の家屋を舞台に隠微なエロスが漂う。京マチ子が見せる裸体にもドキッとする。さすが谷崎潤一郎が原作だけある。

しかし『鍵』は官能映画のようでありながら官能映画として終わらないのである。映画は谷崎の原作を離れて市川崑監督らしくマンガ・チックとなる。エロチシズムの上に遠慮なくブラック・ユーモアを散りばめていくのだ。

インターンの木村は最初から最後まで感情をあらわさない男だが、逆にそこがコミカルだ。どこかとぼけている。剣持の娘の敏子とは結婚を前提に付き合っているくせに、母親との関係を隠そうともしない。

娘の敏子もマンガ・チックなメイクでいきなり登場する(しかし叶順子が綺麗な女優さんだとはこのメイクでもよく分かる)。彼女も木村に負けず劣らず冷たい人間なので、木村と母親の関係に嫉妬するものの、嫌いな父親を苦しめるために自ら二人を近づけようとするのだった。しかし結婚した後の母親との三角関係は気に入らない。そのためには母親を……。

こうした4人の策略が妙に滑稽味を帯びてくるなか、興奮状態が続いた剣持が発作で死ぬ。自らの性癖が災いした最期だから、霊柩車が京の小道を滑るように消えていくシーンは不謹慎だけれど苦笑してしまった。

しかし苦笑はこれだけで終わらない。映画の最後には3台の霊柩車が、これまた滑るように連なって消えていくのである。このシーンもブラックだ。

いったい4人の生き様は何だったのか。入り口はエロスでも出口はブラックな映画。しかしそれを口に出すのははばかられる。表向きはあくまで「官能映画」と紹介したい。そんな仕掛けで作られているのが『鍵』ではあるまいか。

『鍵』
■製作年:1959年
■製作・配給:大映
■カラー/107分
■キャスト/京マチ子、叶順子、仲代達矢、中村鴈治郎、北林谷栄、ほか
■スタッフ/監督: 市川昆、原作:谷崎潤一郎、脚本:長谷部慶治、和田夏十、市川崑 音楽:芥川也寸志

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

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