文・絵/牧野良幸
黒澤明の映画をひとことで言えばズバリ「面白すぎる映画」だろう。当時、黒澤映画がどれほど映画館を湧かせたか想像に難くない。僕の世代ならジョージ・ルーカスやスティーヴン・スピルバーグの映画、いやそれ以上であったと思う。
『野良犬』はそんな黒澤明の1949年(昭和24年)の作品である。ヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した『羅生門』や、『生きる』『七人の侍』の前に生まれた作品であるが、黒澤映画の醍醐味が存分に出ている。
ある蒸し暑い日。村上刑事(三船敏郎)はバスの中で拳銃をすられてしまう(懐かしいコルトだ)。拳銃にはまだ弾が入っている。この拳銃がもし使われたら……。村上は一刻も早く拳銃を取り戻そうと、ベテランの佐藤刑事(志村喬)と犯人を追跡する。
三船敏郎は黒澤映画の屋台骨を支えた役者だ。しかしここでは『用心棒』や『赤ひげ』でのたくましい“世界のミフネ”でもなければ、「男は黙って……」とテレビでビールを飲み干す大スターでもない。まだ若き三船敏郎である。
舞台は戦後、闇市の残る東京。日本人は戦争の傷跡から立ち直れず、生活に精一杯だ。実際の闇市や盛り場を映した映像も挿入されているから分かる。
そんな戦後の東京で村上刑事が“モーレツ”に犯人を追いかける。新米刑事だからコルトをすられて落ち込む。ピストル屋のヒモ女(千石規子)をつかまえて、拳銃のありかを問いつめてもシロウト扱いされる。
しかし悩んでも、若造とあしらわれても、村上刑事は“モーレツ”なのである。終戦からまだ4年、映画館で観た人には白いスーツで全速力で走る村上刑事が、ハン・ソロやインディアナ・ジョーンズ以上に輝いていたに違いない。
映画のタイトルである“野良犬”は、もちろん犯人のことを指していると思う。しかし野獣の匂いを出しているのは村上刑事のほうだ。ピストル屋を探すために復員兵に変装して、目をぎらつかせるところなど、若き三船の魅力であろう。
その村上刑事がついに“野良犬”を追いつめる。一騎打ちの場面で黒澤明が使用したのが「コントラプンクト」という手法。簡単に説明すれば、緊張した場面にあえてのどかな音楽を使ったり、悲劇的な場面にあえて楽しい音楽を流して効果を際立たせる手法だ。
単純なだけに難しそうであるが、これを見事にきめるのが黒澤映画である。映画の始まりから肌に浮く汗、汗、汗。そんな蒸し暑い映画を、黒澤は最後にスカッと終わらせる。
【今日の面白すぎる日本映画】
『野良犬』(1949年度作品/日本)
■キャスト
三船敏郎/志村 喬/清水 元/河村黎吉/淡路恵子/三好栄子/木村 功
■スタッフ
監督:黒澤明 製作:本木荘二郎 脚本: 黒澤 明/菊島隆三 撮影: 中井朝一 美術:松山崇 音楽:早坂文雄 録音:矢野口文雄 監督補佐:本多猪四郎
【今宵のおすすめディスク】
『野良犬』(セルBlu-ray版)
■価格:4,700円 + 税
■発売日:2009年12月18日
■品番:TBR19230D
■発売元:東宝
https://www.toho.co.jp/dvd/item/html/TBR/TBR19230D.html
文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp