◎No.12:中原中也の空気銃弾ケース

中原中也の空気銃弾ケース(撮影/高橋昌嗣)

文/矢島裕紀彦

犬でも虫でもせぬ就職なんぞは、したいとも思わない。そういう中原中也の手元には、山口の実家から毎月仕送りの金が届いた。

他にも入用あれば、その度ごとに母に無心の手紙を書く。昭和12年(1937)4月15日、古道具屋で仕入れた空気銃の代価2円50銭も、一発1円の高価な外国製の弾丸の購入も、結局、お金の出所は同じだった。

直径10センチ、高さ1・5センチほどの赤錆びた丸い缶が、山口県山口市の中原中也記念館に今も保存されている。表面に「AIRRIFLE……」の文字と、向かい合う鳩の絵柄。これがまさしく中也の遺品の弾丸ケース。500 発中20発ほどの弾が残っていると伝えられ、振ると耳に響く軽い金属音がそれを裏付ける。没後80年余。錆びついた上に一度中原家を襲った火事で焼けただれ、蓋は開かない。

生前の中也は、このケースから取り出した弾を鎌倉の洞窟や林の中で撃った。弾が空気を裂き、木の葉を貫く音を、研ぎ澄ました神経に響かせていた。

優れた音感を独自の崩した言葉遣いの中に注入した詩人ならではの、これも奇行のひとつであったのか。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。『サライ.jp』で「日めくり漱石」「漱石と明治人のことば」を連載した。

写真/高橋昌嗣
1967年桑沢デザイン研究所 グラフィックデザイン科卒業後、フリーカメラマンとなる。雑誌のグラビア、書籍の表紙などエディトリアルを中心に従事する。

※この記事は、雑誌『文藝春秋』の1997年7月号から2001年9月号に連載され、2001年9月に単行本化された『文士の逸品』を基に、出版元の文藝春秋の了解・協力を得て再掲載したものです。

 

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